できない部下を伸ばすのは不可能だ!

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それを言っちゃあおしまいよ…

7年ほどマネジメントという仕事をやってきて、部下育成に関して色々な経験を積み重ねてきたと自負している。

その中では、上手くいかなかったことも、上手くいったことも相応にあった。

その経験を経て、今回は「できない部下は伸びない」ということを敢えて言おうと思う。

これはマネージャーならタブー的な発言なのかもしれない。

「それをやるのがお前の仕事だろ!」という言い分もわかる。

でも、今日は敢えて言おうと思う。

できない部下は伸びない。

できる部下を伸ばした方が良い。

身も蓋もないけれど、そんな話をしてみようと思う。

毎月成果が上がらない部下とどう向き合うか?

僕は営業マネージャーをやっている。

ご存知の通り、営業という仕事は、数字が如実に出る。

毎月、売上や成約件数など、成果が数値化されて現れる。

毎月高い成果を出す部下もいれば、そうでない部下もいる。

そうでない部下でも、時々は成果を出す者もいる。

ここまではいい。

ただ、毎月数字が低調(ひどいと0が続く場合だってある)な部下はどうだろうか?

あなたならどのように対応するか?

どうやっても伸びない(伸びようとすらしない)部下はいるという現実

僕は公平という概念を重んじている。

どの部下に対しても等距離で接することを心掛けている。

もちろん人間なので、好き嫌いはあるし、それが露骨に出てしまう場合だってある。

それでも、できるだけ分け隔てなく、同じように体力を注ぎ、部下育成に取り組んできたつもりだ。

ただ、それでも伸びない部下はいる。

というか、伸びようとすらしない無気力な部下はいる。

できない部下は放っておくしかない

こういう部下に対してどうすればいいのか悩んでいるマネージャーの方も多いと思う。

そこで僕からのアドバイスだ。

放っておけばいい。

冷たいようだけれど、それが僕の(現在のところの)結論である。

親から言われて嫌々来ていますみたいなスタンスで仕事をする人達

何年もマネージャーをやってきて思うのは、「仕事は対価を貰って行っている」という概念が欠如している人は一定数(相当数?)いる、ということである。

何というか、「親から言われて仕方なくやっている習い事」みたいなスタンスで仕事をしている人はとても多い。

もちろん仕事に全精力を注げとは言わない。

価値観は人それぞれだし、僕自身「仕事人間」に対して軽蔑の念を持っているくらいだから。

ただ、給与を貰っている以上、それなりの仕事をする必要はある、とは思うのである。

せめてそれに見合うくらいの仕事はしなければならないはずでは?

バイトじゃないんだし。

ただ残念ながら、それがわからない人は一定数存在するのである。

意欲がない人までマネージャーが責任を負わなければならないのだろうか?

僕が今回書いていることで、勘違いして頂きたくないのは、現在できていなくても、「伸びよう」としている部下は対象外である、ということである。

僕が諦めているのは、現在もできていないし、伸びようとも思っていないし、それが悪いことだとも思っていない人、に対してである。

そういう人は何というか、もうどうしようもないのである。

というか、それは経営の問題というか、人事の問題というか、とにかく「いちマネージャー」で対処できる話の範疇を超えている、と僕は思っている。

降格させるなり、減給するなり、解雇するなり、経営が判断すればいい。

僕はそこに気力と体力を注ぎたくないのだ(気分だって悪くなるし)。

できる部下を伸ばすことに体力を注ぐことにする

そうは言っても、マネージャーは課せられたタスクを遂行しなければならない。

営業であれば、営業目標を達成させなければならない。

しかしながら、営業目標というのは部下全員の合計数値であるので、1人2人がそのようなタイプの部下であると、その目標分をカバーするのはなかなかしんどい、というのも現実問題としてある。

これに対するアプローチ方法として、以前の僕は「この1人2人をどうにかして改善しよう」と思っていた。

0を1に、1を2にするよう、戦力化できるように注力してきた。

でも、もうそれはやめにする。

できる人をさらに伸ばすことに注力することにする。

同じ1件増やすなら…

これは増加率の問題でもあるし、精神衛生面の問題でもある。

増加率の問題というのは、例えば成約件数目標であれば、1件の成約を2件にすると2倍だけれど、2件の成約を3件にするのは1.5倍で済むという考え方から来ている。

毎月1件しか成約できない部下Aを毎月2件成約できるようにするよりも、毎月2件成約できる部下Bを毎月3件成約できるようにすればいい。

そうすれば、課としての目標は(結果的に)クリアできるはずだ。

僕は最近そんな風に考えている。

気概のある人に大きく還元しよう

それは単純に気分が悪いからである。

なぜ先生でも保護者でもないマネージャーが、伸びようともしない部下を宥めすかして、おべんちゃらを言ってまで仕事をさせなければならないのか?

それなら、気持ちよく働いている人を、より気持ちよく働かせて、ボーナスなり昇給なりで大きく還元してあげた方が、僕も気分が良いし、部下も気分が良いはずである。

適切な贔屓を

もちろん、ここには「日本人的平等主義」みたいなものがあって、すぐ「不公平だ!」と言い出す人が出てくるのだろうけれど、ある種「不公平で結構!」なのである。

というか、仕事をやってもやらなくても処遇がそんなに変わらない現状においては、そのくらいの「適切な贔屓」というのは必要であるようにすら感じるのだ。

語気が荒くなった。

でも、そうでないと「正直者が馬鹿を見る状態」は変わらないような気がするのだ。

最善は尽くすが、それ以上は無理だ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

本文はかなり粗い文章で、「書いた時イライラしていたんだろうなあ…」という印象を受けたので、載せるかどうか迷ったのですが、こういう生っぽい話もしておくと参考になる人もいるかもしれないと思い、今回は敢えて載せることにしました。

改めて読んでみるとちょっと暴論過ぎるきらいはありますが、根本的な考えとしてあるのは、「正直者が馬鹿を見る状態は良くないよね」ということです。

仕事をやらない人が仕事をやらないのは個人の自由なので、極論好きにすればいいと思います。

でもその水準に頑張っている人も合わせなければならないというのは違うかなと僕は思っています。

足を引っ張り合わず、できる人を伸ばしていきましょう。