専門職としてのマネジメント

UnsplashBen Rosettが撮影した写真

上司ガチャを減らすために

マネージャーとして仕事をしていると、どう考えてもこの人はマネージャーに向いていないよなあ、と思われる人に出会うことがある(自分のことは棚に上げる)。

もちろんその人をマネージャーにしているのは僕ではないので、関係ないと言えば関係ないし、余計なお世話と言えば余計なお世話である。

ただ、何というか、それによって仕事というものが、必要以上につまらないものになっている可能性があるではないか、とは思ってしまう。

仕事において重要なことはたくさんあるけれど、職場における人間関係、それも上司との人間関係というのは、その中でも比較的上位に入る項目であるような気がしている。

その上司が、好き嫌いという範疇を超え、サイコパス的な要素を備えている人間であれば、人間関係を改善しようと思っても改善できるものではない。

結果として、上司が誰かによって、仕事に対するモチベーションは大きく変わってしまう(上司ガチャという言葉の通りに)。

もちろん、たくさんの人が働く会社という組織において、そのようなサイコパスが入り込んでしまうこと自体は避けようがないことなのかもしれない。

でも、人事システムの刷新によって、その確率を下げることはできるのではないかとは思うのである。

そして、その際に考えるべきなのは、「専門職としてのマネージャー」を育成することなのではないか。

今日はそんなことを書いていく。

名プレイヤーをマネージャーとして登用していくシステムは有効なのか?

名選手名監督にあらず。

スポーツをやっている方、よくご覧になっている方であれば、この言葉の趣旨はよくわかると思う。

もちろん、優れた選手が優れた監督になるケースはある。

でも、そんなに多くもない。

ましてや、我々のようなサラリーマン程度における「名選手」なんてものは、たかが知れているのも事実である。

そのような人達が名監督になんてなれるはずがない。

まずここを肝に銘じるべきだと思う。

そしてその上で、プレイヤーとして優秀だった人をマネージャーとして登用していくシステムというものは果たして本当に有効なのだろうか、ということを考えていく必要があると僕は思っている。

プレイヤーとして求められる資質と、マネージャーとして求められる資質は異なる

日本において、管理職というのは、プレイヤーとしての成果を挙げた人が選抜されていくことが多い。

ある求められる水準があって、その中で高い成果を挙げた人が次の役職に進んでいくシステム

それ自体は何となく合理的であるように思われる。

でも、(当たり前の話であるが)プレイヤーとして求められる資質とマネージャーとして求められる資質は異なる。

それも大きく異なる。

だから、どこかの時点で、その人がマネージャーに本当に向いているのかというのは見極める必要があると僕は思うのだ。

マネジメントに必要な資質は、マネジメントを実際にやらなければわからない

と同時に、マネジメントという仕事は、実際にマネジメントという仕事をやってみないとその資質がわからないというのも事実であるように思う。

昇格する前段階で、いくらこの人はマネジメントという仕事をする資質を備えているだろうと思っていても、そうではない人はたくさんいるから(たぶん現在の運用はこのようなイメージで行われているのだろう)。

なので、ある程度(例えば2,3年くらい)の期間マネージャーという仕事を経験させる中で、その人が本当にマネージャーに向いているかどうか、というのを審査する必要があるように思うのだ。

マネジメントをわかっている人が審査する

そして、その際に必要なことは、マネジメントという仕事をきちんと理解している人が審査をしなければならない、ということである。

どうも日本社会においては、「マネジメント=マイクロマネジメント」もしくは「プレイングマネジメント」と捉えられているようで、そのような経験しか持たない人が審査員をしてしまうと、同じようなタイプの人しかマネージャーにならなくなってしまう。

だから、専門職としてのマネージャーを会社としてきちんと認定し、育成する必要があると僕は思うのだ(もちろんその中には色々なタイプが存在して構わない)。

マネージャーの能力を見極めるのは難しい。でも…

もちろん、マネージャーとしての資質を外形的に評価するのは難しいのも事実である。

一見部下に親身になっているような人が、実はパワハラ傾向があるとか、きちんと指導をしているように見える人が、めちゃくちゃ粘着質であるとか。

もっと言えば、その人がマネージャーとして仕事をしているから成果が上がっているのか、そうではなく過去の遺産によるものなのか、が判然としにくいということもある。

でも、その中でもこの人はマネージャーとして専門的に仕事をできるという人を見極めなければ、生産性はもちろんのこと、採用率や定着率など、安定的に質の高い人材を確保することが難しくなるのではないかと僕は思っている(これだけ人材不足が叫ばれているし)。

管理職登用=出世という概念を変えるべきでは?

自分で言うのもなんであるが、ある程度の期間一緒に仕事をしていれば、その人がマネージャーとして優れているのかそうではないのか、というのはわかるものだ。

もっと言えば、その前段階、昇格段階のところで、その人はマネージャーとして登用すべきなのか、スペシャリストとして育てていくべきなのか、ということもある程度はわかるはずなのである。

そして、大事なことは、「管理職登用=出世」という概念を変え、専門職(プレイヤー)であっても管理職と同等の処遇を与えるようにすることである。

選手として優れている人を無理やり監督にする必要はない。

でも、監督にならなければ偉くはなれないシステムがそこに残存している。

だったら、それを変えるしかないのでは?

僕はそう思うのだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

マネジメントに向いている人は、プレイヤーとして成果を挙げられず、埋もれている可能性があるのではないか?

そんなことを思うことがあります。

残念ながら、大半の日本企業においては、この種の人材を拾い上げる仕組みが存在しません。

そこには、新人や若手の頃はプレイヤーを、中堅・ベテランになればマネジメントを、というようなイメージがあるからだと僕は思っています。

プレイヤーとして鳴かず飛ばずでも、マネジメントという仕事で輝く人はいるはずです。

昇格と降格の柔軟性をもう少し高め、実際にその業務を経験させることで向き不向きを把握する仮に失敗したとしても再挑戦できる、そんな仕組みがあれば、もう少し適材適所的な配置ができるような気がします。

餅は餅屋、マネジメントはマネジメント屋がやるように、意識を変えていきましょう。