誤解を解く
誤解は自己増殖する
人と人が交わると誤解が生じる。
人の数が増えれば、誤解の数も増える。
そして誤解は自己増殖する。
そんなことをマネジメントをやっているとよく思う。
特に駆け出しの頃には、自分(マネージャー)から相手(メンバー)への発言に関する誤解(と僕は思っているけれど相手はそう思っていない)に悩むことが多かった。
そんなつもりではないのに、と。
今はメンバー同士の誤解にどう対処するか、というところに僕の問題意識は移っているけれど、そのどちらも対話を通じて解決していくしかない、というのが今回の結論となる。
それでは話を始める。
被害妄想っすよ? それ?
世の中の人(の多く)は被害妄想的である、ということに僕はマネージャーになってから気付くことになった。
僕自身は「他人の評価は水物」「他人は他人。その人がどう思うかは自分の範疇ではない」みたいなドライな性格で、相手がどのように自分のことを思っているかにそこまで拘泥しないのだけれど、多くの人はとても気にするようである。
自分で勝手に「相手は自分のことが嫌いなのだ」という(僕からすれば謎の)思い込みを生じさせ、それをどんどん発展させていってしまう。
被害妄想スパイラル、というか。
6年以上マネジメントをやってきて思うのは、その多くは誤解である、ということである。
そしてその誤解を解く為には、それが誤解であることを時間をかけて理解してもらうしかない、ということである。
一朝一夕ではその誤解は解けない。
小さな対話を積み上げていくことでしか、それは解消されない。
そんなことを思う。
環境的に仕方ない部分はあるけれど
メンバー同士の仲が悪いことに悩むマネージャーは多いと思う。
なぜもっとうまくできないのか、と。
ビジネスをしている以上、出世欲や権力欲、ライバル意識などなどによって、メンバー同士の関係性が悪化することはよく起こることだと僕は思っている。
そして当人同士の会話量はどんどんと減っていく。
事務上のやり取り、表面的な会話、は行われるけれど、それ以上の話が展開されることはない。
同じ空気を吸うのすら嫌
この当人同士の気持ちは僕にもよくわかる。
嫌いな奴とは同じ空気を吸うのだって嫌なのだ。
そんな奴と親密な会話を?
反吐が出る。
そんな感じだと思う。
でも、あまりにもそれが露骨に出てしまうと、チームの雰囲気が悪化する場合がある。
他のメンバーを巻き込んで派閥化したり、厄介なことに発展したりすることだってある。
間に入ってそれぞれに話すしかない
それを防ぐにはどうしたらいいか?
マネージャーが間に入り、当人同士の好ましくない関係性がチームに悪影響を与えている、ということをそれぞれに言う、ということだと僕は思っている。
そしてそれはやめて欲しい、ということを伝えることだと思っている。
握手をして、にっこりと笑い合うなんてことは不可能である。
というか、それができたら苦労はしない。
そもそもが口もきけない、冗談も言えないような関係性なのだ。
三者面談はイマイチ
過去そのような事態に陥った時に、三者面談みたいなことをやろうとしたことがある。
マネージャーがレフェリーというか裁判官みたいな立場で当人同士の話を聞こうとしたことがある。
これはイマイチだった。
何となく当たり障りのないことを言い合うだけで、結局事態はあまり変わらなかったからだ。
それよりも、マネージャーと片方でまず1対1で話をし、その後でもう片方とも1対1で話をする、という形の方が望ましいような気がする。
当人同士だけでなく、周囲のメンバーに示す為にも
ここにはパフォーマンスも含まれている。
マネージャーは事態を理解している。両人の関係性を理解している。何らかの手を打とうとしている。それは確かに難しいかもしれない。でも何とかマネージしようとしている。
これを他のメンバーにも示すことが重要である。
言葉にするのは難しいが、雰囲気の悪さを表に出さずに、やり過ごす(見て見ぬふりをする)ことも1つの対処方法であると思う。
でも、それはマネージャーがその状況を理解し、手を尽くした結果、そうせざるを得なかったのだ、というチームの合意が形成された後にすべきことなのである。
とても時間がかかることだし、精神的にも疲れる話であるが、現在の僕が考える手法の中ではこれが最善であると思う。
好転を目指すのではなく、小康状態を目指す
僕は1対1の面談の際、それぞれから話を聞き、誤解である点については誤解であると思う、ということを伝える。
冒頭にも書いたように、他意がなくても、相手への憎悪というのは自己増殖をしていくものだからだ。
そんなつもりがなくても、そんな風に受け止められてしまうことはよくあることである。
冷めきった夫婦みたいに、くしゃみの仕方だって気に食わない状態であるわけで、そんな時には誤解は誤解である、ということをきちんと伝える第三者が必要なのだと僕は思っている。
それで事態が好転する訳ではない。
ただ小康状態には持っていくことができる。
マネージャーへの気持ちの吐露によって多少は気分が収まり、多くの点については誤解であることを伝えることで、自分の気持ちが少しだけ客観視される。
もちろんこの効果が永続する訳ではない。
だからこれを地道に繰り返していくしかないのだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
愛と憎しみ。
嫌いな当人同士は意識し過ぎである。
そして似た者同士である。
僕は数々の仲の悪い人達を見てきた結果(そこには僕自身も含まれています)、そんな風に思います。
本文には書きませんでしたが、意識すらできないくらい忙しくなるか、仕事に没頭すれば、このような(ある種下らない)イザコザはなくなります。
成果に集中して(させて)いきましょう。