残業代が出ない「仕事」にあなたの部下は付き合ってくれますか?

UnsplashVitaly Garievが撮影した写真

余暇を纏った仕事

マネージャーから権威が失われてかなりの時間が経った。

その間、仕事と余暇の間の壁は高くなった。

残業代が出ないで働くなんていうのは論外で、労基が乗り込んでくるような案件で、そういう意味では職場というのはかなり健全になったと言える(若い人にはわからないかもしれないけれど、ちょっと前まで残業代が出ないで働くことはそんなに珍しいことではなかったのだ)。

今日はそんな環境下での話についてである。

今回のテーマにおける「仕事」というのは、実際の仕事ではなく、例えば本社の人などの関係者との飲み会(ある種の社内接待)や、休日のゴルフ(社内コンペ)やその種のレクリエーション的なもののような、仕事と言えば仕事なのだけれど、余暇の要素がないとも言えないようなもののことである。

また、先に断っておくが、僕はこの種の「仕事」が全然好きではないし、何なら「残業代(休日手当)出せよ」と思っているクチである。

でも、マネージャーという立場上、参加せざるを得ないし、それなりに部下にも参加してもらわなければならない。

さて。

あなたの部下はこのような「仕事」に付き合ってくれるだろうか?

それはあなたに対する信認のバロメーターの1つになると言ったら言い過ぎだろうか?

それでは始めていこう。

親睦を深めるためのイベント

日本では会社へのエンゲージメントが低いと言われる。

一見すると会社人間のように見えるけれど、忠誠心など皆無で、むしろ憎んでさえいて、そんな状態の人が多数を占めているというのが日本社会である。

でも、付き合いはそれなりに必要だと思っているし、同調圧力は強いし、和を以て貴しとなさなければならなくもある。

そこに冒頭に書いたようなイベントが訪れる。

コロナのせい(おかげ)で、この種のイベントは以前に比べればだいぶ減った印象ではあるけれど、ここ最近はまた復調の兆しを見せており、「親睦を深める」という名のもとに、様々な会が催されるようになってきた。

そこでテーマにある質問となる。

あなたの部下はこのようなイベントに付き合ってくれるだろうか?

それも人数がどうしても必要な局面において、手伝ってくれるだろうか?

時間も金も使わせる半強制的なイベント

繰り返しにはなるが、僕はこのようなイベントが全く好きではない。

親睦を深めたいと思えば勝手に飲みにでも行くし、ゴルフでも何でも勝手に集まってやるだろう。

それは強制的に行われるものではない。

というか、もしそれを目的に行うのであれば、もう少し自由意思に任せたら良いのではないか?

自由意思という建前を残しながら、実質的には強制参加であるイベントに、誰が好き好んで参加をするだろうか?

またケチ臭い話だと思われるかもしれないけれど、ここに自費が発生したりもするから余計に厄介なのである。

部下に自費を出させ、時間も費やしてもらい、下手をしたら休日を潰すような依頼を僕はできれば出したくない。

そして実際に極力出さないようにはしている。

ただ、そうは言っても、という局面がある。

そこでまたテーマに戻る。

さて、どうだろうか?

変な慣習やめない?

ありがたいことに、僕の部下はこのような催しに付き合ってくれる。

もちろん、全員ではない。

ただ、半分くらいは「仕方ないですね…」という感じで出てくれる。

これは本当に心苦しい話である。

というか、ちょっと前までであれば、「そんなもん出るの当たり前だろ!」と強めに言えたのだろうけれど、現代は何せ多様性の時代である。

仕事以外のイベントに参加をしなければならないなんて規則はない。

「それは仕事なんですか、余暇なんですか?」と正面切って言われると、「うーん…」とこちらも唸ってしまうような曖昧な話ですらある。

それをグレーのまま残存させていることはよろしくないと僕も思う。

でも、まだまだこのような慣習は残存する。

特定の人達の善意に頼る運営はやめない?

ひところ「なぜ挨拶をしなければならないんですか?」という若者の言葉が話題になっていたけれど、今回のテーマの内容もそのような側面が含まれているようにも思う。

もちろん、挨拶とは次元が違うかもしれない。

ただ、そこに含まれているような理不尽さというか、暗黙の了解さというか、不均衡みたいなものは通ずるところがあるように僕には思える。

ジョブディスクリプションの議論もそうであるが、曖昧な領域を曖昧なままにしておくことは良い面もあるけれど(実際に僕もそのように主張したりもする)、悪い面もそれなりにある。

そして、ある特定の人達の善意に支えられたような運営は、そろそろ限界を迎えつつある。

負担率は偏ってるし…

確かに、それら全てを割り切ることは不可能かもしれない。

何が仕事で何が余暇であるかという線引きは難しい側面もあるから。

ただ、少なくとも、それらを負う比率は応分であって然るべきなのでは?

かたやそういう催しに全く出ず、かたや全て出るというのは、やっぱりフェアではないのでは?

ただの愚痴か…

もちろん、仕事においては成果が全てだ。

でも、そうではない現状がまだそこにある。

それをもう少し是正したいと僕は思っている。

愚痴めいた話になった。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

何だかよくわからない話(ただの愚痴)になってしまいました。

ただ、何と言うか、曖昧なもの、それもそれなりに負荷がかかるものを、特定の善意ある人達だけが負うのはそろそろやめた方がいいのではないかということを僕は言いたかったのです。

それを強制するシステムも含めて。

そんなもの全廃して、職場では仕事だけすりゃいいのでは?(行きたい人は有志で勝手に行くし)

極端な意見かもしれませんが、僕はそのように思ってしまいます。

上辺だけの仲良し感。

それを装う為(だけ)の下らないイベントたち。

参加者全員が気乗りしないものをなぜやる必要があるのか?

僕にはよくわかりません。

ビジネスライクでいきましょう。