強そうに生きよう

UnsplashKirstenMarieが撮影した写真

孤独と孤立と孤高

何だか変なタイトルである(いつもか…)。

でも、これは最近よく考えていることで、「強そうに生きる」「強くみせる」ことが結構大事なのではないかと感じている。

これは実際に強いかどうかは関係ない。

というか、実際に強ければそれに越したことはないのだけれど、一朝一夕に強くはなれないので、せめて強そうに生きたらいいんじゃないの? というのが僕からの提言である。

前回書いたことにも関係しているけれど、弱い人には嵩に懸かって責めてくるのが現代日本社会である。

そこから身を守る為には、自衛する為には、強くなるしかない。

その強さはハリボテでも全然構わない。

というか、どうせそのような状況の中で攻撃してくる連中なんてものは、大したことない奴らばかりだし、見抜くことさえできないから。

そして、僕が考える強さというのは、「孤高であること」がその必要条件である。

これは「孤独」じゃないし、「孤立」でもない。

他者に振り回されることなく、自信の志を保つこと。

それができれば、だいぶ生きやすくなるはずだ。

今日はそんな話である。

それでは始めていこう。

浮いているのがデフォルト

「課長みたいな人は殆どいないんでこの会社には…」

そう部下に言われて、「そうなん?」とまた僕は思うことになった。

どうやら僕は珍種のような存在のようだ。

ただ、僕にとってそれは「いつものこと」であって、どこにいても異邦人のような感覚なのである。

別に珍しいことではない。

「浮いていること」が僕にはデフォルトなのだ。

僕だって周囲に溶け込みたいのだけれど…

でも、その部下は僕のような生き方が「羨ましい」とも言った。

「いやいや、だったら、強くなるしかないぜ?」

というか、「強そうに見せるしかないぜ?」というのが本当のところである。

別に僕は強くない。

また、浮いていることが平気でもない。

できれば僕だって周囲に馴染み、その場に溶け込みたいと思っている。

でも、長らく自分という人間と共に生きてきて、それは無理筋だとわかって、現在に至っている。

そして、そういう自分と最近は和解できるようにもなってきたのである。

変人は楽だぜ?

変な人だと思われること。

変わったヤツだと疎んじられること。

積極的にそれを狙っている訳ではないし、そうなりたくもないのだけれど、結果的に僕はいつもそのようになってしまっている。

でも、それは必ずしもネガティブなことではない。

というか、むしろポジティブであったりもする。

それくらい今の世の中というものはおかしいから。

じゃあ、こっち来ればいいのに

僕は自分が変わり者であるという認識を持っている。

明らかに会社(や社会)の本流からは外れている

でも、そんな僕なのに、僕の周囲にはそれなりに人が集まってくる。

不思議だし、ありがたいことでもある。

彼(彼女)らの話を聞いていると、僕は「飄々としている」ように見えるようだ。

そして「強く生きている」ように映るようだ。

また、(自分で言うのもなんであるが)そこには多少の憧れもきっと混ざっている。

そんな僕が思うのは、「こっち側に来るのはそんなに難しいことじゃないよ」ということである。

また、「こっち側に来たらだいぶ楽になるよ」ということでもある。

以下、もう少し詳しく書いていく。

くだらねー(笑)

たくさんの愛想笑い。

そして迎合。

そんなことばかりやって、周囲に溶け込もうと皆努力している。

もちろん、僕だって何度もそれをやるべく努力してきた。

でも、いつも上手くいかない。

それはどこかで「くだらねー」と僕が思っているからである。

僕は下らないことが嫌いだ。

そして、下らないことをやるくらいなら、一人でいた方がいいと考えている。

だから、結果として輪から外れていく。

でも、そのような行為は、周囲からすると特異なことのように映るようだ。

それが僕には不思議である。

集団から外れることに恐れ過ぎでは?

「なぜそんなに集団から外れることを恐れるのか?」

強さがあれば、というか、自分なりの信念を持っていれば、集団から外れることは何も怖くない。

むしろ快適ですらある。

それが多くの人にはよくわからないようだ。

そして、僕が孤立している訳でもないことが、そのわからなさに余計に拍車をかけているように僕には見える。

マゾゲーを楽しむ人たち

集団の論理がおかしくても、まともなことを言っていれば、孤立することはない。

また、そこで孤独を感じることもない。

だって、まともなことを言っているのだから。

積極的な支持はなくても、その表明は難しくても、僕が言っていることに賛同している人はとても多いことを僕は感じる。

でも、彼(彼女)らは、(僕からすれば弱いから)それを表現することができない。

おかしいことをおかしいと思っているのに、みな黙って、それに従っている。

自分に嘘をついて、結果、余計に苦しんでいたりする。

マゾゲーなん?

僕はそう思ってしまうのである。

強く、強く。

強そうに生きること。

そして、その過程の中で実際の強さを身に付けていくこと。

それが出来れば、生きることはだいぶ楽になる。

もちろん、そこには実力が伴っている必要がある。

また、実力を持っているという自信が必要となる。

それさえあれば、あとは何が必要なのだ?

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

「無敵の人は最強」

と言っても、今回の話とはちょっと異なります。

でも、ニュアンスとしてはそんなことを考えたりします。

みな周囲に縛られ過ぎ。

集団の論理に振り回され過ぎ。

そうやって悪事の片棒を担いでいくのかい?

僕の頭によぎるのはミルグラム実験アイヒマンです。

悪意がなくたって、人は簡単に残酷になることができる。

それは先の大戦で証明されています。

迎合せず、強そうに生きていきましょう。