ダメ出しが難しい時代

UnsplashJon Tysonが撮影した写真

ダメ出し=ハラスメント?

最近になってより顕著に感じるのが、「ダメな部下にダメと言ってはいけないのはなぜなのだろうか?」ということである。

もちろん、その言い方程度問題はあるだろう。

そして、そのダメさの尺度として、主観的であるだけでなく、客観性も必要になるだろう。

でも、仮にそれを満たしていたとしても、ダメ出しというのは困難を極める。

というか、実質不可能になってしまっている。

というのも、「ダメ出し=ハラスメント」という図式にすぐに嵌り込んでしまうからである。

もちろん、言わんとしていることはわかる。

ハラスメントは論外である。

それは大前提だ。

ただ、度を越えた部下がいるのも事実で、そういう部下に対してもダメ出しをすることはハラスメントになるのだろうか?

そして、もしそれがハラスメントだとするなら、職場の規律やモラールの維持はどのように図っていくつもりなのだろうか?

今日はそんな愚痴めいた話である。

それでは始めていこう。

貰い過ぎの人たち

職務内容と対価の一致。

ジョブ型雇用の話もそうであるが、この方向に向かって進んで行こうとしているのが現代という時代であると僕は思っている。

そこに異論はない。

でも、ここには認識の差が当然生まれるとも思っている。

主観的には(本人は)職務内容と対価が一致していると思っていても(もしくは対価の方が少ないと思っていても)、管理職からすれば職務内容と対価がアンマッチである(対価が多過ぎる)と考えるケースはよくある話であるような気がしている。

要は、「貰い過ぎの人」が散見されると感じている。

これを「給与を下げる」方向に調整するというのは、本人の抵抗もあるだろうし、難しいことは十分に予見できる。

だとしたら、職務内容を上げるというか、本来担うべき当然の仕事をして貰おうとすることはどうなのだろうか?

僕からすれば、それは当然の要請であるように思える。

でも、これが時にハラスメントであると捉えられる。

それが僕にはよくわからない。

認識の摺り合わせはハラスメントに近づく?

確かに、ここには(繰り返しになるが)認識の相違がある。

本人はその対価に見合うだけの仕事をしていると思っている。

でも、上司はその仕事内容が物足りないと感じている。

だから、人事面談など、折に触れてそれを求めていく。

もちろん、そこにはそれなりの議論が起きるだろう。

そして、双方の認識を合わせるべく、相応の努力が必要となるだろう。

さて。

今日のテーマはこの話し合いについての話である。

その努力(ここで言えばダメ出しに近いニュアンスの話)というのはハラスメントになり得るのだろうか?

期待水準との乖離を話すことはハラスメントなのだろうか?

いや、「ダメ出し」というのは言葉が適切ではないのかもしれない。

そこには確かに「ハラスメントの臭い」が纏わりついている。

だとしたら、「適正な仕事を求めていく」というのはどうだろうか?

もしくは、「現状の成果と期待水準の乖離について話をする」というのは?

僕が言いたいのは、言葉はどうであれ、そういうニュアンスのことである。

仕事に対して相応の成果を求めることは自然なことなのではないのだろうか。

それが本当によくわからないのだ。

大抵の人は問題ない

とここまで書いて来て、「いやいや、それは求め過ぎなのではないか?」という意見がありそうな気がしてきたので、もう少し補足をする。

今日の話は高いレベルを求めるということではなく、最低限の仕事をして貰うという、それくらいの話なのである。

それすら出来ない人はそれなりにいる。

もちろん、大半の人はそうではない。

職場にいる8割・9割の人は、それなりにきちんと職責を果たしてくれていると僕は考えている。

「それ以外の人」についてなのだ。

そういう人に対しても、ダメ出しすることは問題なのだろうか?

社会主義的要素

このテーマについて考える度に、僕は日本社会の過度な社会主義性みたいなものを感じざるを得ない。

もちろん、社会主義的な要素は社会にとって必要である。

それがセーフティーネットとして機能し、社会に安定をもたらす、それ自体を否定するつもりはない。

ただ、それがあまりにも行き過ぎると、向上心や意欲を削ぐというデメリットが生じるとも感じている。

そして、今日のような話は、その過度な部分なのではないかと僕は考えているのである。

社会的弱者とは異なる

確かに、社会にはそういう人がいて、そのような人も包摂しなければいけないという考え方はよくわかる。

自分だっていつそのような状態になるかもしれない、それはそうだろう。

でも、僕の念頭にあるのは、そのような社会的弱者についてではないのだ。

自分の意思とは関係なく、そのような状態に陥ってしまった人は救うべきだ。

それは論を待たない。

でも、そうではなく、ルールの隙間を突き、ずる賢く利得を得ようとする人は救わなくてもいいのではないかと思うのである。

難しい話ですが…

繰り返すが、そこには無数のグラデーションがある。

そして、大半の人については僕は問題ないと感じている。

「それ以外の人」についても、そのように救うべきなのだろうか?

解雇とまではいかなくても、せめてダメ出しするくらいはさせて貰えないのだろうか?

予想通り変な話になった。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

「ハラスメントの議論の昂進により、モラルがない人が跋扈することになった」

そんな風に現状を捉えています。

それにより職場のモラールも低下してしまっています。

でも、それを指摘することはハラスメントだと受け取られる傾向にあるようです。

マネージャーの罰ゲーム性はこんなところにも隠れています。

成果を求めることまで禁じられた時、マネージャーにできることとは何なのでしょうか?

僕にはよくわかりません。

難しい時代ですが、何とかやっていきましょう。