男尊女卑と女尊男卑
大きな話と小さな話
今日はキワドイ話を。
男尊女卑と女尊男卑の話である。
会社という組織で働いていると、それをつとに感じる。
僕の解釈では、大きな話で言えば男尊女卑、小さな話で言えば女尊男卑、というのが日本社会なのかなと捉えている。
もちろん、ここには僕が男であるというバイアスが掛かっている。
フェミニスト的な立場から言うなら、男であるだけでもう既に既得権益者である、という主張になるのかもしれないけれど、そこまで先鋭的な人達に対してではなく、もう少し柔軟に物事を捉えられる人に対して今日は僕なりの意見を書いていこうと考えている。
火傷しそうな話題ではあるけれど、とりあえず始めていこう。
ジェンダー・ギャップ指数(GCI)
まずはデータから(内閣府・男女共同参画局のHPから引用)。
日本の2025年版ジェンダー・ギャップ指数(GGI)は148か国中118位(指数:0.688)である。
この指数は「政治参画」「経済参画」「教育」「健康」という4つの軸から指数を算出しており、日本は「教育」と「健康」はトップクラスであるが、「政治」と「経済」の値が低く、トータルでは118位と非常に低い順位に留まっている。
もう少し詳しく中身を見ていくと、0が完全不平等、1が完全平等という尺度の中で、「政治参画」は0.085、「経済参画」は0.613、「教育」は0.994、「健康」は0.973であり、特に政治参画における不平等が突出して高いことが読み取れる(ただし、ここに各国平均という概念を持ち出すとちょっと印象は変わってくる。そもそもどの国でも女性の政治参画は低い値となってしまっているからである)。
ジェンダー開発指数(GDI)
次にジェンダー開発指数(GDI)を見ていく。
これは人間開発における基本的な側面である「健康」「知識」「生活水準」における女性と男性の格差を測定し、人間開発の成果におけるジェンダー不平等を表すものである。
これによると、日本は193か国中89位(指数:0.970)となっている。
ジェンダー不平等指数(GII)
最後にジェンダー不平等指数(GII)も確認してみよう。
これは「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)」「エンパワーメント」「労働市場への参加」の3つの側面における女性と男性の間の不平等による潜在的な人間開発の損失を映し出す指数である。
ここでは日本は172か国中22位(指数:0.059)となっている。
さて。
どのような印象を抱くだろうか?
メディアの論調と感覚の違い
メディアでは、よくGCIが取り上げられ、日本は男尊女卑が過ぎる、世界と比べ圧倒的に後れを取っており大変けしからん、という論調になるし、それは一面においては事実であると僕も思うけれど、GDIやGIIも併せて見ると、必ずしもそれだけではないことが見えてくるように思う。
そして、それは僕が実際に社会で働いている時に感じる感覚に近しくもある。
大きな話においては男尊女卑な国
確かに、政治や経済面において、女性は男性に対し著しく不平等な状況にあると思う。
女性の政治家や閣僚は少ないし、管理職も同様である。
そこには「ガラスの天井」的な要素があることは間違いないだろう(処遇もまた然り)。
そういう意味においても、僕は大きな話においては日本は男尊女卑な国であると思っている。
でも、もう少し小さな話となると、また違った視点があるようにも感じている。
男性は女性にモノを言ってはいけないが、女性は男性に何を言ってもOK?
僕が思うのは、男性は女性にモノを言ってはいけないけれど、女性は男性に何を言ってもOKということである。
それは確かに小さな話ではある。
ただ、職場という場面に限れば、それはそれでそれなりに大きな問題を孕んでいるようにも思うのだ。
小さな話においては女尊男卑
最近になって、不機嫌ハラスメントや逆ハラスメントという言葉が聞かれるようになったけれど、僕のイメージはこのようなことである。
「管理職と部下」という関係性に留まらず、同僚同士の間においても、このようなことが女性は許され(もしくは黙認され)、男性は許されない、という状況があるように思う。
もちろん、そこにある「大きな話においては男性は優遇されているのだから、それくらいは我慢しろよ」という議論もわからなくはない。
でも、あまりにも酷い場面があるのも事実で、それはそれで問題なのではないかと僕は感じている。
しかしながら、それを指摘することはハラスメントに直結する行為だと受け止められることに、僕は疑問を持っている。
男も女も関係ない
不機嫌ハラスメントや逆ハラスメントは、男性も女性も関係ない。
どちらも職場に持ち込んではいけないものだ。
僕はそのように考える。
そして、それが大きな話において男性が優遇されているから起きているのだとするなら、女性も同様に管理職したり、処遇を同等にすればいいと僕は思うのである。
いずれにせよ被害者ムーブできないように
表現が難しいのだけれど、「被害者ムーブ」みたいなものができないように、男女関係なく、仕事の成果に応じて対価を支払うようにすればいいのではないか、というのが僕の考えである。
そこに変なジェンダー意識を持ちこむからややこしくなるのではないか?
仕事のできる人は男女問わず優遇すべきなのだ。
そうでない人は(残念ながら)優遇すべきではないのだ。
それっておかしなことなのだろうか?
予告通りきな臭い話になった。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
「おじさんには何を言ってもOK!」
それがどんなに酷いことであっても。
それが日本社会です。
もちろん、その背景には大きな話における男尊女卑があるのだと思います。
それを変える為にも成果主義をもう少し進展させるべきなのでは?
僕はそのように考えます。
大事なのは成果です。
性別ではありません。
「そうは言っても、出産や育児で成果を出すことだって、というか成果を出せるような立場に就くことすら難しいのだから不公平では?」
そのような意見もよくわかります。
だったら、男性も同じ期間だけ強制的に休業させたらどうなのでしょうか?
出産や育児という原因に限らず、サバティカル休暇みたいなものを強制的に取らせる仕組み。
まだ煮詰めている訳ではないのですが、そんなことを最近はぼんやりと考えています。
そうすれば男女共に(今よりは)同条件に近づくのでは?
また、育休復帰後の短時間勤務などについても、そもそも全員がそのような勤務形態にしてしまったらどうなのでしょうか?
暴論ではあると思いますが、そうすれば(今よりは)公平に近づくように感じます。
こんな僕ですが、引き続き読んで頂けたら幸いです。

