「使う」と「育てる」

UnsplashDaniel Öbergが撮影した写真

育てることは無条件で良いこと?

マネージャーとして「育成に定評がある」と言われることがある。

でも、僕自身は育成だけを考えて部下と向き合っている訳ではない。

そこには「使う」という意識もある。

というか、そのバランスを見極めながら仕事をしている、というのが実際のところである。

どうにも皆部下を育てることに意識が向き過ぎである。

そして、部下を育てるということは無条件で良いことだと考え過ぎである。

一方、使うという概念はネガティブに捉えられがちだ。

そこに問題があると最近は感じている。

今日はそんな話である。

それでは始めていこう。

部下は育つ(育てる)のが当然?

「部下は育つものだ」

「部下は育てるものだ」

そのような言説が巷には溢れている。

そして、多くのマネージャーもそれを当然のものだと思っている。

そこに落とし穴があるような気がしている。

部下は育たない

10年間マネージャーをやってきた僕が思うのは、「部下は育たない」という悲しい現実である。

部下は育たないのだ。

もちろん、例外はいる。

でも、育つ部下の方が圧倒的に少ないのが実際のところである。

腕はないが、定評はある

それは確かに僕自身に育てる腕がないことが関係しているのだろう。

しかしながら、僕は育成に定評があるとも言われている。

この矛盾は何なのだ?

それが今日の話に繋がってくる。

育成と活躍

たぶん多くの人が僕に言ってくれる「育成」という意味の中には、「その人が活躍する」ということが含まれているような気がしている。

実際に成長しているかどうかは別にして、その人が活き活きと働くようになったり、成果を上げるようになった、ということを「育成」と称しているように思うのだ。

でも、ここには大きな勘違いが混ざってしまっている。

育成と活躍は違う。

僕の言葉で言うなら、部下を「育てる」ことと「使う」ことは違う。

それを一緒くたにして「部下を育てる」という言葉にしてしまっていることに問題があるような気がするのだ。

使うという言葉は悪く捉えられる

僕からすれば、この2つは明確に異なる。

前述したように、殆どの部下は育たない。

だから、上手に使うしかない。

でも、使うという言葉は悪いニュアンスとして捉えられる。

そこに大きな間違いがある。

そして、これが理解できれば、マネジメントのレベルは大きく変わるとすら僕は思うのである。

育成ではなく、活用に定評がある

僕の考えでは、育てる(育つ)というのは、その部下の能力が向上するということである。

一方、使うというのは、その部下の能力を活かす(そのままの状態で)ということである。

だから、正確な表現をするなら、僕は育成に定評がある訳ではなく、活用に定評があるということになるのだと思う。

そして、そこには部下の能力を見極め、それに合った仕事をさせるという観察眼が関係しているのだ。

フラットに考えるべき

僕からすれば、もっと皆部下を使うことを考えるべきなのだ。

それもネガティブに捉えるのではなく、マネジメントというのはそういうものであると、もう少しフラットに考えるべきなのである。

人もリソースの一部

「限られたリソースを適材適所に割り振る」というのがマネジメントという仕事である。

それは人であったとしても同様なのだ。

でも、何故か知らないけれど、部下を使うなんてことを言うと人でなしのように捉えられる

そんなことはない。

人もリソースの一部だ。

それを上手に活用することを考えるのがマネージャーの仕事なのである。

だから、育てるという言葉で誤魔化すのではなく、使うという考え方を恐れずに身に付けていって欲しいと僕は考えている。

使うからといって非情な訳ではない

「部下を使う」というのは、「非情になる」ことを同時に意味しない。

でもそのように捉えられることが多い。

これが僕にはよくわからない。

「部下の適性を見極める」ことに情は関係ない。

それを育てることとごちゃ混ぜにしてしまうから訳が分からなくなってしまうのだ。

活用できれば部下の将来も広がる

僕の感覚では、育つことは例外であって、「結果として育ったらラッキー」くらいの感覚なのである。

そこに僕の意識は向いていない。

コイツを何とかして育てようなんてことは一つも考えていない。

でも、部下の適性に合った仕事をあてがえば、そこで成果を上げる確率は高まる訳で、結果としてその部下の評価は上がり、キャリアが明るくなるのもまた事実である。

しかしながら、それは育成ではないのだ。

その部下に備わっているモノを、上手に活用できるようにしているだけなのである。

育成が必要な部下はごく稀

そういう意味においては、その部下が成長している訳ではないのだ。

「ありもの」をただ使っているに過ぎない。

そのような中で、時々(ごく稀に)本当に成長を遂げる部下が現れてくる。

そのような人に対しては力を入れて育成すべきである。

でも、それ以外の大半の人は使うという意識で十分なのだ。

これは「冷たい」のだろうか?

僕にはそれがいつもよくわからないのだ。

育成という言葉に逃げるな

これは多くのマネージャーにも当てはまる。

多くのマネージャーは部下を育てることなんてできない。

そんな力はない。

これをまず受け止めるべきだ。

そして、その中でどうやったら成果が上がるのかをもう少し真剣に考えるべきなのである。

それすらせずに育成という言葉に逃げるから、成果が上がらないのである。

最後は厳しい話になった。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

部下を育てるというのは、とても聞こえがいい言葉です。

誰も文句が言えません。

でも、それに逃げてはいけないのではないかと僕は考えています。

マネージャーにとって大事なことは成果を上げることです。

その為には、部下を使わなければなりません。

そして、それは別に冷たい訳ではない。

それがわかった時、マネージャーは更に上の段階に行けるような気がします。

上手に部下を使っていきましょう。