嫌いな部下との接し方

UnsplashJohn Bussellが撮影した写真

嫌いな部下はいつもそばにいる

あなたには嫌いな部下がいないだろうか?

僕はいる。

というか、今までに自分のチームにいなかったことがない。

そのくらい嫌いな部下というのは普遍的なものだ。

もちろん、僕自身の人間性がきちんとしていれば、こんなことは起きないのかもしれない。

でも、残念ながら僕の人間性はこんなものであり、結果として嫌いな部下はいつも身近にいることになる。

そして、僕の人間性はいつまでも向上しそうにない。

さて。

ではそんなダメ人間は嫌いな部下とどのように接したらいいのだろうか?

今日はそんな話である。

それでは始めていこう。

キレイゴト・キレイゴト

「部下とは平等に接するべき」

それはそうだ。

正しいことを言っていると思う。

でも、僕は人間であり、好き嫌いがある。

当然ながら、部下に対しても好き嫌いがある。

それは残念なことではあるけれど、どうしようもできないことであるのもまた事実である。

できるだけ好き嫌いをなくそうと心掛けてはいるものの、どうしたって嫌いな部下は嫌いなままで、その中でもどうにか10年以上マネジメントという仕事を続けることができた。

そんなノウハウみたいなことを今日は書いてみようと考えている。

確かに効果はあるが…

「物事の良い面を見よう」

これもまた正論である。

「嫌いな部下だって良い所があるのだから、そちらに目を向けてみなさい」

確かにそのような目を持って接してみることは効果があると思う。

実際のところ、部下の嫌いな側面が見えてきた時には、何とか良い面を探し、そちらをやや誇張するくらいポジティブに考えバランスを取る、そんなことをやってみたりもする。

でも、どうしたって嫌いなものは嫌いなのである。

人間性の壁

そこにはどうしたって人間性が見え隠れする。

それは僕の人間性もそうだし、対象となる部下の人間性もそうである。

それを越えることは中々難しい。

どんなに良い所を見つけようとしたって、その数倍嫌な部分が目に付いたら、流石に嫌いにならずにはいられない、それが実際のところである。

その中でどのように接していけばいいのだろうか?

距離を詰めれば軋轢が生まれる。それが真理だ。

いつも言う回答で恐縮であるが、「必要以上に距離を詰めない」というのが僕の回答である。

「近づけば近づくほど人間は仲が良くなる」と多くの人が考えているようだけれど、それは全くの間違いである。

「近づけば近づくほど粗が見える」というのが大抵の人間に当てはまる真理なのだ。

だから、自分が嫌いだと思う部下にはあまり近づかないようにする。

空けすぎるのもまた問題だ

かといって、距離を空けすぎるのもまた問題である。

いざ部下と話をしようと思っても、普段から距離が空きすぎていれば、いざという時に普通の話すらまともにできなくなってしまうから。

となると、程々の距離感というのが重要になる訳だ。

仕事の話はするが、雑談はしない

では、程々の距離感というのはどの程度のものなのだろうか?

僕はこれを「仕事の話はするけれど、雑談はしない」距離だと考えている。

マネージャーとメンバーの関係なので、仕事の話は当然にする。

そして、仕事に関する相談事や悩みなどはきちんと聞く。

でも、それ以上の話はできるだけしないようにする。

雑談なしで人は仲良くなれない

僕は職場で下らない話をしたりすることが好きなのだけれど、嫌いな部下とはそのような話はしないように心掛けている。

多くの場合、雑談というのはコミュニケーション(の入り口)にとって不可欠で、それなしでは人間関係が深まることがない。

だから、人は雑談を行う。

でも、嫌いな部下に対してはそれをしないようにする。

と言っても、会話をしない訳ではなく、あくまでも仕事の話は普通に行う。

これによって、マネージャーはあの人を嫌っているであるとか、そういった余計な話からも逃れることができるので、そのくらいの距離感を保つことが良いと思っている。

道具として利用されているだけ

しかしながら、嫌いな部下というのは、こちらが嫌っていることに気付かずに距離を詰めてこようとする場合がある。

僕が嫌う部下は大抵どの人からも嫌われているので、そういう人は誰かを味方に付けたいと思う傾向があるようなのだ。

そして、そのようなアプローチに対して、昔の僕であれば「人間関係が深まってきたな」であるとか、「やっぱりオレだからこういう難しい人とも関係性が作れるんだな」と自惚れていたけれど、それは大きな間違いである。

それは人間関係の良化ではなく、ただ彼(彼女)の道具(手段)になっているだけなのである。

割り切ろう

会話が続くようになったり、笑顔が増えたりすると、それは通常の人間関係においては非常にポジティブなことである。

でも、この種の人は必ずしもそうではない。

その辺を割り切って距離を空ける(距離を詰めない)ということがとても大事なのである。

だから、嫌いな部下に対しては、「嫌いである」という直接的な表現をせずに、普通通りの振る舞いをしながらも、実はそれなりに大きな距離を空ける、というのが僕からの回答となる。

それは割り切って考えるとそこまで難しいことはない。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

「嫌いな人間を嫌う自分が嫌い」

若い頃や経験が浅い頃はそんな風に考えていました。

でも、最近は必ずしもそうではないのではないかと思っています。

というのも、僕が嫌う人間は僕以外の人間にもたくさん嫌われていることが分かったからです。

「僕が極端に狭小な訳ではない」

それはシンプルなことではありますが、僕にとってはとても大きな発見でした。

嫌いな人間と距離を取ることに居心地の悪さを感じる必要はありません。

適切に距離を空けていきましょう。