心理的安全性と規律は二律背反ではないぜ?

規律があるから心理的安全性は確保される
心理的安全性を確保しようと部下を甘やかしてはいないだろうか?
今日はそんな問い掛けから文章を始めてみる。
というのも、そのように勘違いしてしまっている(無意識?)マネージャーがとても多いと感じるからだ。
心理的安全性が確保された状態であっても、チームの規律を保つことは可能だ。
というか、チームに一定の規律が保たれているからこそ心理的安全性は確保されるのである。
何だか言いたいことは言ってしまったような気もするけれど、今日はそんな話をしていこうと考えている。
それでは始めていこう。
案外部下は甘さを求めていない
「友達上司」みたいなマネージャーが増えて困惑している。
もちろん、フレンドリーであることはマネージャーとしてとても大事なことだ。
でも、それが優しさではなく、甘さから生じているのなら大問題である。
しかしながら、多くの人達はこの優しさと甘さの違いがわからないようである。
優しいことと甘いことは違う。
そして、甘いことは部下にとって必ずしも良いことではないし、存外部下もそのように感じているものなのだ。
それをまず理解すること。
そこからマネジメントは始まるような気がしている。
緊張と緩和のバランス
おじさんになり、若手マネージャー達からの相談を受けることが増えた。
その中の1つに、「どのようにしたらチームの良いバランスを保てるのか?」というものがある。
彼(彼女)らから見れば、僕のチームは緊張と緩和のバランスが上手に保たれているように映るようだ。
特段厳しい訳でもないのだけれど、かといって緩んでいる訳でもない状態。
部下達は自由に働きながらも、一定の規律が保たれている状態。
その秘訣を彼(彼女)らは僕に尋ねてくる。
僕の回答はこうだ。
「もう少し厳しいことも言った方がいいんじゃない?」
厳しいことも言う
これは冒頭に書いたことに関係している。
僕は多くのマネージャーが「ただ甘いだけ」だと感じている。
特に若いマネージャーではその傾向が顕著であると思っている。
彼(彼女)らは厳しいことを言うことに慣れていない。
というか、もしかしたら言ったことがないのかもしれない。
いや、厳しいことだけでなく、そもそも他者に何かモノを申すという経験が殆どないように僕には感じられる。
残念ながら、それではマネージャーは務まらない。
というか、それでは緊張と緩和のバランスを上手に保ちながらチームを運営していくことは不可能である。
部下を信頼しているからこそ、厳しいことも言える(ハラスメントになる可能性があるから)
厳しいことを言いながらも、チームに楽しい雰囲気を作ることは可能である。
もう少し正確に言うなら、厳しいことをマネージャーが言えるということはチームやそのメンバーに信頼を置いているからであり、そのような信頼が鏡のように投影され、チームに心理的安全性が生まれるのである。
これは中々難しいところではあるけれど、マネージャーが言うべきことを言わないということは大きな問題をチームに生じさせる可能性がある。
それをもう少し多くのマネージャー達(特に若手マネージャー達)は知るべきである。
ベースの信頼感を構築する為に
チームに一定の規律を求めること。
その規律から逸脱した行動をマネージャーが看過しないこと。
それがベースの信頼感の構築に繋がるのだ。
見て見ぬフリをしない
かといって、何も風紀委員のように何でもかんでも取り締まればいい訳ではない。
「これはちょっとね…」と誰もが眉をひそめるような行動に対して、適切な処置を取ればいいのだ。
でも、僕からすればそのような行動に対してすら多くのマネージャーは見て見ぬフリを続けている。
それではチームに規律は生まれる訳がないし、規律がないチームに心理的安全性など生まれる訳がないのだ。
それを多くのマネージャーは勘違いしている。
カオスでは心理的安全性は生まれない
メンバーが好き勝手行動できることは必ずしも心理的安全性を確保することに繋がらない。
それはある者の自由は別のある者の自由を侵害するからである。
それが複数人集まればその場はカオスになっていく。
カオス的状態はどう考えても安全ではない。
こう書けば誰もがそれを自明だと思うはずだ。
でも、現実に行われているのはこのようなことなのである。
そして、その責任(の大半)はマネージャーにあるのだ。
広い牧場
この説明をする際に、僕はいつも広い牧場のイメージを提示する。
その牧場はそれなりの広さがある。
でも、遠くには小さな柵がある。
普段はその柵は意識されないくらい遠くにあるし、それが日々の行動の自由を制限する訳ではない。
ただ、その柵を超えようとすると注意される。
もしくは罰せられる。
それが僕が考える良いチームのイメージである。
自由と我が儘は違う
監視下にある牢獄のように、一挙手一投足をマイクロマネジメントすることが心理的安全性に繋がらないのは誰もが想像できるだろう。
でも、何の柵もないただの草原が心理的安全性に繋がる訳でもないことがわかる人はそこまで多くない。
好き勝手にさせることがチームにとって本当に良いことであるとは限らないのだ。
そのバランスをどのくらいの塩梅にするかがマネージャーの腕の見せ所なのである。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
今回のテーマは自分でも書いていてそうなのかもしれないと思ったことです。
「自由にはルールが必要である」
というか、「ルールがあるからこそ自由が輝く」。
僕はそんな風に思います。
自由とカオスは違います。
日本社会が他国に比べて息苦しいのは事実でしょう。
でも、そのような見えない規律によって自由が保たれているのもまた事実であるような気がしています。
そして、どちらが望ましいかと比べた場合、僕は日本のような社会の方が望ましいと考えています(独裁国家が比べる対象ですらないことは言うまでもありません)。
規律とは他者への敬意でもあります。
適切なリスペクトを持って、大人のチームを作っていきましょう。
