昔仕事をしたことがある人に声を掛けられる嬉しさ

UnsplashOctavian-Dan Craciunが撮影した写真

きちんと仕事をしていてよかった

本社主催の集まりに呼ばれて、「このクソ忙しいのに面倒くせえな…」と思いながら参加することになった。

そこには僕と同じかもう少し上の立場の管理職と他社から来た人達が集まっていたので、いつも通り隅っこの方で隠れるようにして、「早く終わんないかな…」と思いながら時間を潰していた。

すると、複数の人から「あれ? ウエノさんですよね? 覚えてます? ○○です」とお声掛けを頂くことになった。

それも自社の人達だけでなく、他社から来た人達にも。

正直なところ、覚えている人と覚えていない人がいて、「ああ、ええと、どこかでお会いしたような気がするんですけど…」とモゴモゴしながら話をすることになった。

話をしていると不思議なもので、当時のことを思い出したりして、「あの時はお世話になりました」なんて和やかにその集まりを終え、改めてきちんと仕事をしてきてよかったなと思いながらこの文章を書いている。

最近では自信もなくなっていたけれど、案外僕はちゃんとしているのかもしれない。

今日はそんな(自慢)話である。

それでは始めていこう。

自負はあるが、理解されるとは思っていない

僕は自分の仕事に自信を持てたことがあまりない。

もちろん、自負はそれなりにあるのだけれど、それはあくまでも自負であって、他者には理解されづらいものだろうなと自分では思っている。

変な拘りというか、職人気質というか。

そして、それは時に批判される材料にもなったりする。

その気持ちもよくわかる。

僕のような会社の方針通りやらない人間は疎まれるものだし、そこでそれなりに成果を出していることが余計に気に食わない人だってそりゃいるだろう。

そんな風に自分のことを言わば消極的に僕は捉えている。

出る杭は打たれる

それは管理職になっても同じである。

このブログ内には偉そうに色々なことを書いているけれど、本来の僕はそんなことはなく、日々細々と自信なさげに働いているだけである。

そこには今までのたくさんの批判によって、シュリンクしてしまっている部分もある。

出る杭として打たれ続けて、嫌になってしまった、そのような要素もある。

目立つと叩かれるのが日本社会である。

それをひしひしと感じながら、社会人生活を送ってきた。

ただ、それを別に嘆いている訳ではない。

自分のような偏屈な人間にしてはまあまあ良くやっている方だよな、と自分では思っているし、それは謙遜でも何でもなく、本当にそう思うのである。

ただ、今回のように昔働いたことがある人達に褒められたり、感謝されたりすると、ほんの少しだけ自信が湧いてくるから面白いものである。

○○もおだてりゃ木に登る

当時のことを思い起こしても、そこまで僕は特別な仕事をしたという記憶はない。

僕からすれば日常の一コマというか、特段抜き出してフォーカスするようなものではない。

でも、その人達からすれば、僕の仕事はそれなりに記憶に残るものであったようで、そのことを懐かしそうに話して貰えるとそれだけで心が温かくなる。

もちろん、そこにはお世辞的な要素社交辞令的な要素が多分に含まれているだろう。

ただ、僕は単純なのでそのようなお世辞を真に受けてしまうし、それが高じてこのようにブログに書いたりしてしまうくらいのお目出たい人間なのだ。

社交辞令だけではない(はず)

彼らの話によれば、僕はそれなりの人間であるようである。

とても嬉しいし、照れくさい話だ。

ただ、それが全くの嘘であれば、わざわざ隅っこにいる僕に声を掛けてくることもないだろうとも思う。

少なくとも、僕の存在は彼らにとって声を掛けたくなるような種類のもの(ポジティブなもの)であったはずである。

また、そこで昔話に花が咲くくらいのものであったことも事実である。

僕は彼らと楽しく話をし、「また一緒に仕事したいですね」であるとか、「っていうか、ウエノさんだったら相談したい案件があるんですけど」なんて言われたりして、またそれが実際の案件として後日話がきたりして、本当にありがたい限りである。

いい仕事を

僕は常々部下に「いい仕事をしよう」と言ってきたけれど、それがこのような形で案件として舞い込むと、それなりにその言葉にも説得力が出るようで、僕としても鼻高々である。

というか、それは別に綺麗事でも何でもなくて、本当に僕は心からそう思っているのだ。

見返りを期待するのではなく、その時々で最善を尽くすこと。

それがその人の評判となり、今回のことではないけれど、どこかや何かのタイミングで仕事になったりもする。

ただ、それはベストを尽くさなければ起きない話でもある。

また、その時一緒に働いていた人たちが、それぞれの部署や会社でそれなりの地位に就いていたりもするので、「何でそんな偉い人と仲が良いのですか?」という声に繋がったりもするから面白いものである。

僕の仕事振りは分かって貰えているので、何のプレゼンもなく、信頼して貰える有難さ。

それを糧に、僕はもう少しこの管理職という罰ゲームを続けていこうと考えている。

自慢話ばかりになってしまい申し訳ない。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

辛い日々が続く管理職という仕事ですが、たまにこういうご褒美があるから、何とか僕はこの仕事を続けていられています。

そういう意味では、過去の自分に感謝をしなくてはいけないのかもしれません。

そして、未来の自分の為にもいい仕事を続けていかなければならないと考えています。

腐らずに自分がいいと思う仕事を続けていきましょう。