なぜか嫌われてしまう人

いい奴なのに…
僕の部下になぜか嫌われてしまう人がいる。
いや、これは正確な表現ではないかもしれない。
なぜか上司に嵌らない人がいる。
たぶん今までも、きっとこれからも。
と言っても、別に悪い奴ではない。
至ってまともであるし、善人か悪人かで分けるまでもなく、かなり善人寄りの人間である。
でも、何故か嫌われてしまう。
それはなぜなのか?
今日はそんなことを僕なりに分析して書いてみようと考えている。
それでは始めていこう。
嫌われる人には普通わかり易く嫌われる理由がある
わかり易く嫌われる人。
これは今回の話の対象ではない。
そうなのだ。
嫌われる人には大抵わかり易く嫌われる理由がある。
そこに疑問の余地はない。
嫌われるだけの素養を備えているから嫌われるのである。
でも、今回僕が話そうとしている部下はちょっと違う。
特段わかり易く嫌われる理由はなさそうなのだ。
不器用な男
礼儀正しいし、優しいし、仕事にも真面目に取り組んでいる。
やや取っつきにくい面はあるけれど、ただ不器用なだけで、話してみればそれが誤解であることがすぐにわかるような人物である。
ただ、なぜか嵌らない。
そこに不思議さを僕は覚える。
上司側に問題が?
となると、上司側に何らかの問題があるのではないか、という疑問が湧いてくる。
単純に相性の問題であって、ただその上司がその部下と馬が合わないだけなのではないか、と。
もちろん、相性の問題がないとは言い切れない。
でも、それが主因であるとも思えない。
さて、何が原因なのだろうか?
嫌いではないが、嫌いなのかもしれない
と書いてから告白するが、僕には何となく彼が嫌われてしまう理由がわかっている。
というか、僕もある意味ではその部下のことを嫌っていると言えるのかもしれない。
いや、全く嫌いではないのだ。
むしろ、その部下が昇格できるように日々応援しているというのが実際のところである。
でも一方で、昇格は難しいだろうなとも思ってしまっているのもまた事実である。
それが今回の話に繋がってくる。
なぜ上司と馬が合わなかったのか
彼は課長を目指している。
たぶん同期に比べれば大きくその昇進は遅れている。
それが昔の上司と馬が合わなかったせい(特に上司側に問題があった)だと彼は考えている。
きっとその話は大きく間違ってはいないのだろう。
でも、なぜその上司と馬が合わず、何なら標的にされてしまったのか、ということはここでは考慮されていないように思う。
そして、書き方が難しいけれど、僕はなぜ彼がそのターゲットになってしまったのかの理由が何となくわかるのだ。
社会はモンスターばかり
これはいじめの構造にも似ているような気がする。
と言っても、僕は「いじめには被害者側にも問題がある」ということを言いたい訳では全くない。
いじめは完全に加害者の問題である。
それを先に明言しておく。
ただ、社会というモンスターがたくさん跋扈する世界を生き抜いていく為には、そのモンスターにエンカウントしないようにするのはもちろんのこと、エンカウントしてしまった時に致命傷を負わないようにする為にはどうしたらいいのかという所作が求められるのもまた事実である。
そのモンスターに睨まれないようにする為の作法。
それが彼には欠けているのかなと僕は思うのだ。
加害者の餌食にならないだけの強さを
それは一言で言うなら強さだと思う。
いや、このように書くと、上記した「いじめには被害者側に問題がある」という言説を強化してしまうのかもしれない。
繰り返すが、そのようなことを言いたい訳ではない。
いじめは完全に加害者側に問題がある。
ただ、その加害者の餌食にならないだけの強さは備えておく必要があるのではないか、ということを言いたいのである。
生存確率を上げる為に
それは責任ということではない。
その方が生存確率が上がるということである。
そして、僕が思う強さというのは、「コイツを追い詰めていくと最後には何をされるかわからない」というものである。
気の強さと恐怖心
それは気の強さのようなものかもしれない。
ある一定以上踏み込むと、もしかしたら反撃されるかもしれないという怖さ。
そして、その反撃が想像以上のものである可能性があるというイメージを与えること。
それが強さであり、彼には欠けているもののような気がしている。
刺し違えてもいいという覚悟
それは仕事への自信と言い換えてもいいのかもしれない。
そいつと刺し違えても、何らかの別の方法で生きていけると覚悟を決められること。
もしくは、過去の仕事の実績や振る舞いによって、そのような事態となったとしても孤立無援にならないだろうと他者を信じられること。
それが僕が考える強さである。
クソ野郎ジャングル
残念ながら、世の中にはたくさんのクソ野郎がいる。
それはこちらから願わずとも、勝手に向こうから近づいてくる。
それに対して無防備でいると、ただやられるだけである。
だから何らかの強さが必要となる。
リスクを取ることだってきっと必要だ
僕は彼と話すたびに、「たまには反論したらいいのでは?」ということをアドバイスする。
もちろん、そこにはリスクが生じる。
でも、そのリスクなくして、状況の打開も難しいのでは、とも思ってしまうのだ。
強くなければ生きていけない
「強くなければ生きていけない」
「優しくなければ生きている資格がない」
僕が思うのはそういうフィリップ・マーロウ的なことである。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
嫌われたっていいじゃない?
それが僕が考える強さです。
というか、嫌われることに怯えると、加害者というモンスターはそれを確実に嗅ぎ分けてきます。
残念ながら、優しいだけではこの社会を生き抜くことはできません。
でも、優しくなければ生きている資格はないのです。
世知辛い世の中ですが、強さを持って優しく生きていきましょう。
