計数管理は程々に
計数管理は成果を(直接的には)生まない
マネージャーとして仕事をしていると、計数管理に全力を注いでいる同僚(や上司)に会うことがある。
本人はきっとそんなつもりはないのだろうけれど、僕からすれば「なぜそんなに細かい数字に対して拘りを見せるのだろう…」というくらい、彼(彼女)らはその仕事に情熱を注いでいる(ように見える)。
もちろん、計数管理は大事だ。
足元の数字がわからなければ、進むべき方向も明確にならないから。
ただ、それが行き過ぎると、流石にどうなのだろうかと僕は思ってしまう。
計数管理は成果を生まない。
あくまでも「事後」のものである。
そこに体力をかけても、「現在」は変わらない。
もっと言えば、それはマネジメントの本質でもない。
今日はそんな話をしていこうと思っている。
ビーンカウンター
このブログの初期の頃に「ビーンカウンター」という言葉を知って、1つブログ記事を書いたことがある。
「そこに出てきた数字を他人事と見做すな」「自分もチームの一員なのだから、その数字に責任を持とう」そんな趣旨のことを書いた(ように思う)。
その気持ちは今も変わっていない。
でも、今日の話はちょっと違う。
どちらかというと、体力の掛け方というか、意識の方向性みたいな話を今日はしてみようと考えている。
数字がわかっても(わからなくても)、日々の行動は変わらない
僕は営業のマネージャーをやっている。
であるからして、数字の管理は仕事の一環としてどうやったって付きまとってくる。
でも、正直そこまで重要視はしていない。
というのも、足元の数字が明確になったからと言って、日々の行動は変わらないからである。
指標の為に仕事をしている訳ではない
これは営業のスタンスにも関係してくる。
仮にある指標が悪いとして、その指標を上げるべく行動を変えるというのは、営業のスタンスとして優れているとは言い難い。
そりゃそうだろう。
その指標を上げることが仕事ではないから。
もちろん、なぜその指標が上がっていないのかを分析し、(中期的に)戦略を変えていくという方向性はあり得ると思う。
ただ、今日の行動は変わらない。
というか、変えてはいけない。
あくまでも目的はきちんとした営業をすることであって、ある指標を上げることではないからだ。
足元の数字で変わるくらいの戦略なんて立てるなよ
「効率的に得点を取ること」
「コスパ(タイパ)よく成果を出すこと」
それに心血を注ぐ人は、計数管理にも命懸けになりがち。
そんなことを思う時がある。
正直、とても下らないと僕は思う。
というか、そもそもの戦略構築が間違っているのだと思う。
「大きな方向性ではなく、足元の数字の大小によって、変わるくらいの戦略なんて立てるなよ」
そんな風に思ってしまうのだ。
数字が精緻になっても、その成果は変わらない
確かに数字をいじっていると、仕事をしているような気にはなる。
そして、精緻ではないことに苛立ちが募り、部下に指示を出して、もっと正確な数字を把握したいという気持ちもわからないではない。
でも、それをやったからといって、数字が精緻になったからといって、過去の成果が変わる訳ではない。
大事なのは成果を変えることだ。
誤差みたいなものでは?
もちろん、成果を変える為に足元の数字を把握することは意味があることだとは思う。
ただ、それが1違うとて、10違うとて、何の意味があるのだろうか?
それで戦略が変わるとでも言うのか?
僕にはよくわからない。
全体感がわかれば良くね?
もし、思ったような成果が上がっていないとするなら、その成果を変えるべく戦略を変えることが必要となる。
でも、数値が精緻になったことによっても戦略を変えないとするなら、その数字を精緻にする仕事って何なのだろう、と僕は思ってしまう。
もうそれは過ぎ去ってしまったものだから。
確かに微修正をする為に精緻な数字が欲しい、という気持ちもわからなくはない。
でも、そこにかける労力と、実際の成果の変化率を考えた時、大まかな方向性だけ理解できればいいんじゃない? と僕は思ってしまう。
多少の数値の多寡によって、あーだこーだ言っている時間が勿体ない(だからお前の仕事のパフォーマンスは上がらないのだ)、そんなことを考えてしまうのである。
ただのアピールでは?
戦略と戦術。
数字の出来によって、戦術に多少の変化が見られることはわからなくはない。
でも、それが誤差くらいの範囲内に留まるのであれば、何の意味があるのだろうか?
結局は、「マネジメントという仕事をやっているぜ!」というアピールと自己満足に過ぎないのでは?
それくらい厳しいことを僕は考えてしまう。
たぶん、戦略構築自体が間違っている
今の時代、計数管理ソフトなんてものは腐るほどある。
それが自社に合わないとして、実態との乖離が多少あるとして、それを精緻にすべく異常な体力を注ぐことに僕は違和感を覚える。
「ソフトで把握できるくらいの数字で良くね?」
「というか、それで変わるくらいの戦略って、そもそも戦略の立て方が間違ってるんじゃね?」
「ましてや、部下の行動すら変えさせてしまうのであれば、マネージャーとしてかなりイケてなくね?」
未来を変えるのがマネジメントだ
豆を数えるだけの簡単なお仕事。
たくさんの経理屋たち。
計数管理はマネジメントではないぜ?
それをやることで、何か未来は変わるのかい?
未来を変えるのがマネジメントだ。
そうだろう?
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
数字をいじっていると全能感が湧いてきます。
そして、それが出来ない人に対する苛立ちも。
まあ理解はできます。
でも、共感はできません。
本文でも書いたように、大事なことは未来を変えることです。
もちろん、その為に足元の数字を知ることは重要なことでしょう。
ただ、そうは言っても、そこまで体力をかける必要はあるのでしょうか? と僕は思ってしまいます。
木を見るのも大事ではないとは言いませんが、森も見た方がいいのでは?
僕が思うのはそんなことです。
引き続き読んで頂けたら幸いです。