ヤバい社員と仲良くなろうなんて無理

UnsplashAndrew Mocaが撮影した写真

度を越えた社員との接し方

あなたの部下にヤバい社員はいないだろうか?

僕にはいる。

というか、10年以上マネージャーをやってきているけれど、むしろいなかったことがない。

それくらいヤバい社員というのは巷に溢れている。

もちろん、そのヤバさの度合いはそれぞれに異なる。

なので、ここで言うヤバさというのは、「その中でも度を越えた」ヤバさとして定義していこうと考えている。

しかしながら、そのような定義を以てしても、ヤバい社員に時折ぶち当たることになる。

その際にマネージャーはどのような振る舞いをすればいいのだろうか?

少なくとも「仲良くなろうとする」アプローチはあまり良くないよ、というのが今日の答えである。

それでは始めていこう。

顔つきからヤバい社員

人には顔つきというものがある。

僕が営業だからか、元々の性向だからなのかわからないけれど、僕は相手の顔を見ると、その人がどういう人であるかが大体わかる。

そして、二言三言話をすれば、その分析は殆ど完成する。

それを今回のテーマに当てはめるなら、ヤバい社員というのは顔つきからしてヤバいのである。

もしあなたが新任のマネージャーであるなら、着任の初日に自分の部下にそのようなヤバい顔つきの部下がいないかを確かめた方がいい。

もちろん、確かめたからといってどうにかなるものではないのだけれど、それ以降の対処方法を考える為には有効だし、それをすぐに見抜けるか否かでマネジメントの方向性は大きく変わると僕は考えている。

目は口程に物を言う

さて。

ではヤバい社員の顔つきというのはどういうものだろうか?

性別を問わず、「目に出る」というのが僕の答えだ。

目を見れば、大体の人となりがわかる。

「目は口程に物を言う」というのはよく言ったもので、その人の人格というのは目に出るのである。

もう少し具体的に描写するなら、「(やや)イッっちゃてる」のがこのヤバい社員の特徴である。

少なくとも「普通」ではない。

見開いているというか、パキッとしているというか、そのような危うさがヤバい社員の目には表れる。

そして、それを嗅ぎ取ることができたら、その社員に対しての対応を変えていくのである。

距離を詰める(普通ならば)

通常であれば、「距離を詰める」というのが人間関係の基本だろう。

相手の人となりや価値観を知り、会話を深めながら、徐々に距離を近づけていくこと。

これが人間関係というものである。

でも、ヤバい社員に対してはこのようなアプローチは得策ではない。

近づきすぎない

もちろん、ある程度までは近づいても構わない。

ただ、それ以降は近づきすぎない方がいい。

今回のテーマに即して言うなら、「仲良くなろう」としない方がいい。

それが10年以上ヤバい社員と付き合ってきた僕からのアドバイスである。

懐いてくるから気を付けろ!

これは「適切な距離感を保つ」と言い換えることができる。

付かず離れず、それくらいの距離感でヤバい社員に接していく。

遠すぎることの問題点は言わずもがなでわかると思う。

その社員が何をしでかすかがわからず、止めようがなくなってしまうから。

でも、近すぎることの問題点は何なのか、疑問に思う方もいるかもしれない。

それは「懐いてくる」ということである。

言い方が適切でなければ、「甘えてくる」と言い換えても良いかもしれない。

要は、ヤバい行動を是認、もしくは黙認するよう働きかけてきて、それが叶わない場合、こちらに対して敵愾心を燃やすようになる、というリスクが生じるのだ。

敵か味方かという単純な世界観

多くのヤバい社員と接してきた僕が感じるのは、この種の社員の世界観は単純であるということである。

敵か味方か、そのような角度で物事を見ている。

そして、その敵味方の判別はその時の気分で変わり得る。

だから、1日の中でも相手に対する感情がコロコロと変わっていく。

それに振り回されてはならないのだ。

感情が満たされることだけを求め続けるモンスター

自分のその時の感情が満たされる相手であれば味方に、そうでなければ敵に、この種の社員は分別を始める。

そして、敵に対しては容赦なく攻撃を続ける。

一方、味方に対してはどこまで譲歩して貰えるかを試し続けてくる。

どちらの方向に向かっても面倒になるだけである。

なので、「適切な距離感を保つ」ことが大事なのだ。

毅然と対応するしかない

以前は僕もこの種の社員と仲良くなれば、問題行動を抑制できるようになるのではないかと考えていた。

多くのマネージャーが行動管理できないのは、この種の社員との人間関係が構築できないからであって、僕であればそれができると思っていた。

でも、すぐにそれは自惚れであることがわかった。

というか、そもそものアプローチ方法が間違っていたのだ。

そういう社員に対して、仲良くなるアプローチはむしろ有害ですらある。

そうではなく、ある一定のデッドラインを定めて、そこから逸脱しそうになった時には毅然と対応する、という形の方が何倍も望ましい。

それは結果として、問題行動を抑制することにも繋がる。

そうやって何とかやっていくしかないのである。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

日本社会は優しい社会である。

そんなことを感じる時があります。

度を越えた社員であっても、雇用は守られるし、それなりの給料も貰えます。

そこで起こる問題は「別の誰か」が尻拭いをしていて、でもそれに対価が払われる訳でも、感謝される訳でもない社会。

ヤバい社員というのは社会的弱者なのでしょうか?

僕にはそれがよくわかりません。

優しい人や、気の利く人よりも、この種のヤバい社員を大切にすべきなのでしょうか?

僕はそうは思いません。

正直者が馬鹿を見ることがない社会の実現に向け、僕はブログを書くことで、ささやかな抵抗を続けていこうと思っています。

共にどこかでゲリラ戦を行って頂けたら幸いです。