集まる人・集まらない人

UnsplashVlad Hilitanuが撮影した写真

飲み会での話

忘年会・新年会のシーズンで、飲み会に参加することが増えた。

その中で思ったことが1つ。

それは周囲に人が集まる人とそうでない人がいる、ということである。

まあ言ってみれば当たり前の話である。

でも、それってもしかしたら普段の仕事にも関係しているのではないかと思ったので、今日は敢えて書いてみようと考えている。

それでは始めていこう。

職場の飲み会はいらない

職場における飲み会(例えば忘年会)についての議論は色々あるけれど、多くの若者たちと一緒で、僕も職場の飲み会はなくてもいいかなと考えている。

というか、行きたい人が行きたい人同士で自然と行けばいいと考えている。

そこに行きたくない人も巻き込むからおかしなことになるのである。

飲み会のリスクリターン

「いや、そうは言っても行かなければならない空気もあるし、飲み会自体をなくして貰えればいいんですけどね…」

まあその気持ちもよくわかる。

でも、多くのモノと同様、飲み会にもリスクとリターンがある。

飲み会だけ情報が共有されたりすることが嫌なら、面倒くさい付き合いだってこなさなければならない。

リスクなくして、リターンは得られない。

しかしながら、多くの若者たちはこれをリスクフリーで得ようとする。

それは無理な相談である。

だから、「飲み会って残業代出ないですよね」という感覚は理解はできるし、共感もするのだけれど、それも「込み」での給料だと割り切ってしまった方がこの先の仕事はやり易くなるような気がしている。

そして、そのように腹を括ってから考えてみると面白いと思うのが、飲み会におけるムーブについてである。

それが今回の話に繋がってくる。

飲み会の席次

多くの場合、(公的な)飲み会というのは席が決まっている(偉い人は上座に、主役は真ん中に、とかそういうヤツである)。

序盤戦はその席通り(大体はテーブル毎)で話が繰り広げられる。

でも、飲み会が進んで酔いが回ってくると、席の移動が起こり、段々と席が乱れてくる。

すると、気が付くと、周囲に人がいる卓そうでない卓が明白になってくる。

最初は気を遣って偉い人の周りに人がいるのだけれど、そうでない場合が起こったりする。

これが僕は面白いと思うのだ(不謹慎だとは思うが…)。

露出した人間関係

そこには人間関係のようなものが垣間見える。

普段は中々露出しない想いみたいなものが出ているような気がする。

職場において皆気を遣って仲良くしているように見えても、やっぱり話をしたくない人とは話したくはないようで、そうするとそこから1人抜け、2人抜けという状況が起こり、気が付けば誰もいなくなっていたりする。

僕らのような中間管理職はそれに気が付くと、そのテーブルに行って間を埋めたりするのだけれど、僕ら自身もあんまり面白くなくて、タイミングを計り離脱してしまったりもすることもある。

一方、そこから逃れ別の上司のところに行くと、非常に盛り上がり、笑いが絶えず起きているなんてこともある。

さて。

その違いとは何なのだろうか?

人間性を理解する為の飲み会

一言で言えば、人望である。

人間性と言い換えても良いかもしれない。

自分の(職場における)人望や人間性を理解する為には、飲み会に行ってみるのが手っ取り早いと僕は考えている。

もちろん、そんなことを考えながら飲んでいる訳ではない。

ただ、ふとそんなことを思ったから書いてみたのである。

面白さが正義

そこには偉いとか偉くないとかはあまり関係がない。

特に結構深くまで飲んだ場合には、それは殆ど関係がなくなる。

単純にその人といることが面白いか否かだけがその選別基準になるのである。

そして、それって結構重要なことなのではないかと僕は考えている。

皆自分はそこそこだと考えている

僕はマネジメントとは結局のところ人間性であると考えている。

どんなに良いことを並べたとて、そこに人間性が備わっていなければ、それは絵に描いた餅に終わる。

また、どんなに失敗をしてしまったとて、人間性があれば、部下がそれをカバーしてくれる。

そして、それは(究極的には)努力してどうにかなるものではない。

そういう意味においては、僕がブログで書いていることは全て無駄とも言える。

ただ、一方で人間性というのは自分で気づきにくい種類のものでもあると考えている。

どちらかと言えば、皆自分の人間性はそこそこ(普通以上)だと捉えていることが多い。

いやいや、そんなこともないのだ。

それが飲み会に行けばわかる。

客観的な立ち位置を

あなたの周りに人が集まっているだろうか?

もちろん、あまりにも強権的で、どんなに酔っぱらっても気を遣い続けなければならないような状況であれば話は別である。

そうではなく、ある程度自然に任せた場合、どうなっているかを見てみると面白いと僕は思っている。

少なくとも、自分の周りに人が集まっていないのであれば、きっと何かしらの問題点があるはずなのである。

もちろん、だからといってどうにかなるものでもない(人間性は変わらないから)。

でも、自分の立ち位置がわかり、謙虚に仕事をしていくことは可能になるはずである。

何だか為になるのだかならないのだかわからない話になった。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

マネジメントにおいて客観性は大事だと考えています。

もちろん、そんなこと気にもかけず、ずっと仕事をして行けるならこんなに幸せなことはありません。

でも、客観性を持っていない人は早晩マネジメントから降ろされてしまいます。

人間性が備わっていなくても、戦い方はあります。

客観的に自分を見ながら、仕事をしていきましょう。