昭和と令和

令和世代の増加
歴史の転換点、という程大きな話ではないのかもしれないけれど、会社にいる人達の人口構成が変わり、社内の雰囲気もそれにつれて変わってきているような気がしている。
昭和の人が減り、令和の人が増えた、そんな風に捉えている(こう書くと「平成は?」という声が上がりそうだけれど、平成世代には昭和側の人と令和側の人が分かれているような気がするのでこのような表現方法を取っている。また、単純に「〇和」と「〇和」という語感がこちらの方がいいのでそういう区分にしている。特に他意はないのでご容赦頂きたい)。
僕自身は昭和の風を浴びて会社に入ったので、昭和時代への郷愁もあるけれど、その時に感じた違和感も同時に持っていて、そういう意味においてはどっちの考え方も理解できるよね、という中途半端な立ち位置に属している。
ただ、今後令和世代の社内人口割合が増えていくことを鑑みると、昭和時代のようなやり方は通用しないのだろうなとは感じているし、それはマネジメントにおいても同様で、そういったやり方を身に付けていく必要がある、そんなことを今日は書いていこうと考えている。
それでは始めていこう。
昭和と令和の間で
昭和世代の上司のやり方に違和感を覚えることが増えた。
そんな風に思う。
というか、元々違和感を覚えていたのだけれど、自分が中間管理職という立場に立って、令和世代にその意図を伝えるにあたり、より困難性を感じている、というのが正しい表現かもしれない。
昭和のやり方が時代と合わなくなってきている
冒頭にも書いたように、僕はまだ昭和時代の風を浴びた世代なので、彼(彼女)らの言わんとしていることはわかる。
それも言外の意味も含めて、感覚的に理解できる。
でも、多くの令和世代は、そんなことを想像もしたことがないし、そんな空気感を経験したこともないから、それが理解できない。
また、指示内容についても、どちらかというと感情的な内容であり、合理的でないことも多々あるので、そこにも大きな違和感を覚えるようなのだ。
この間の橋渡しをずっとやってきたのだけれど、それが最近段々と面倒になってきた、というのが正直なところである。
いや、面倒というより、時代に合わなくなってきているよな、というのが近い感覚かもしれない。
今まではそうは言っても意訳しながら伝えてきたし、それが多少なりとも伝わっていたとも思うのだけれど、今はそれを意訳しても伝わらない、そもそもの感覚がズレている、そんな風に思うのだ。
そして、そういう意味においては、僕自身のマネージャーとしての優位性が出てきたともまた感じている。
昭和の呪いの解除
僕は彼(彼女)らよりも若い世代で、昭和時代の感覚もわかるけれど、それと同時にそれらに対する違和感や不満もたくさん感じてきたとも思っている。
また当時、そのような違和感や不満は自分に問題があるというような教育(指導)を受けてきたけれど、それもまたおかしいと思っていて(でも表現できずにいて)、若い世代がそれに対して公然と反旗を翻しているのを見ると、「やっぱりオレがおかしい訳じゃなかったんだ」と思うことが増えてきて、そういう意味でもマネージャーとして自分の方が優れている(時代に合っている)のではないかと感じている。
もう昭和は終わったのだ。
そういうやり方は通用しないのだ。
簡潔に言うならそういうことになるのだろう。
管理と支援
だいぶ前に、「管理職から支援職へ」というタイトルのブログを書いたことがある。
感覚としてはそんなような感じである。
多くの昭和世代のマネージャーは、マネジメントを管理だと捉えている。
部下を管理するのがマネジメントであり、それができるか否かでマネージャーとしての能力を測っている。
もちろん、それが全て間違っているとは僕も思わない。
でも、管理するのはマネジメントの一部でしかない。
それよりも支援することがマネジメントの仕事においては重要なのだ。
日本を停滞させたのは?
しかしながら、そのような考え方は昭和世代からすると「軟弱である」と映るようである。
そうではなく、「ビシッと部下を指導するのがマネージャーの仕事だろう?」、そのような感覚を彼(彼女)らは持っている。
言わんとしていることはわからなくはない。
ただ、では彼(彼女)らに令和世代の部下たちが心を開いているかというと全くそんなことはない。
そして、そのような状態で上がる成果などたかが知れている。
でも、彼(彼女)らはそれが全てであると思っている。
というか、部下が能力を遺憾なく発揮した時の成果の指数関数的な伸びについて想像もしたことがない、というような感じである。
だから日本は停滞したのだ。
お前らが日本を停滞させたのだ。
非常に乱暴な物言いであるが、僕はそんなことをちょっと思ったりもするのである。
昭和よりも令和の方がマシ
もちろん、令和世代にもたくさんの問題がある。
それは事実だ。
でも、人間としての感性はずっとまともであると僕は感じている。
後はそこにもう少しの厳しさや経験があればいいだけである。
そして、それは後天的にどうとでもできる。
昭和よりも令和の方がだいぶマシだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
日本をダメにしたのは昭和(後期)世代なのではないか?
かなりドギツイ議論ではありますが、マネジメントにおいてはそういった要素が一部あるような気がしています。
もちろん、高度経済成長期のような右肩上がりかつ模倣可能性が高い時代においてはそれが最適解だったのでしょう。
でも、そのやり方を変えず、成功体験に縛られ、低成長期にも同じようにやってしまった、そこに問題点があるような気がしています。
答えがない時代に、問いを立てられない人たちがたくさんいること。
それが上司然として振舞っていること。
そこに違和感を覚えています。
マネジメントについて考えたこともないような人たちのマネジメント論など聞くに値しない。
かなり強い言葉ですが、そんなことを思ったりもします。
令和もだいぶ問題ですが、それでも昭和よりはマシでは?
というか、昭和時代におけるまともな少数の人達の感性の中で仕事をしていたら日本はこうはならなかったのでは?
大切なのは人間性です。
真っ当な仕事をしていきましょう。
