部下からの信任が欲しいですか?

UnsplashTiago Felipe Ferreiraが撮影した写真

願えば叶うものでもない

あなたは部下に慕われたいですか?

この質問にNoという人はそこまで多くないだろう。

誰だって慕わられるものなら慕われたい。

マネージャーならそう思うことだろう。

でも、慕われたいと強く願えば願う程慕われるものでもない、というところにその難しさがある。

これは人間関係全てにおいて同様である。

家族、恋人、その他諸々、そういう人に好かれたいと思っても必ずしも好かれるものではないということは誰しもが経験していることだろう。

さて。

かく言う僕は部下から慕われているマネージャー(上司曰く)だそうだ。

ただ、あまりその自覚はない。

そんな僕が普段どのように仕事をしているのかを今日は書いていこうと考えている(偉そうで恐縮ではあるが…)。

それでは始めていこう。

ホワイト過ぎて辞める?

「部下に阿らなくても信任を得ることはできる」

これから書くことを要約するなら、こういうことになるのだと思う。

コンプライアンス意識の高まりから(なのかどうなのかわからないけれど)、管理職は部下に対して強く言えない状況が続いていると感じている。

その渦中である現在、管理職の多くは部下に対して激甘になった。

何か気になることがあってもそれを指摘することなどなく、むしろ是認したりすることが散見されるようになった。

その成れの果てが「ホワイト過ぎて辞める」という訳の分からない事態の到来である。

というか、ここに部下の信任を得る為のヒントが隠されているような気がするのだ。

いい感じのホワイト

これは何も現代の若手たちが特殊なのではなく、誰だって「程よくホワイトな環境」を求めているものだと思う(もちろん、僕自身もそうだ)。

でも、それがホワイト過ぎるなら、ましてやそれが若手であれば、将来のキャリアなどに対して不安に思うのは至極当然のことだと思う。

しかし、だからと言って、ザ・昭和のようなハラスメント全盛の時代が望ましい訳ではないことは言うまでもない。

要は「いい感じにホワイト」であることがとても重要なのである(そりゃそうだ)。

そして、現代のホワイトに振れ過ぎた職場環境から勘案するなら、厳しい要素や求める要素をそこに織り込む(少しグレー味を加える)ことが必要となる。

その塩梅が上手であることが、部下からの信任を得ることに繋がるのだと僕は解釈している。

優しさと甘さ

これは僕がいつも言う「優しさと甘さは違う」ということだと思っている。

甘いことは優しさではない。

部下のことを思って、時には厳しくしなければならないことだってある。

でも、このような言葉を拡大解釈する輩もいる(特に昭和世代にはとても多かったと記憶している)。

「お前の為だ」という言葉を盾に、自分の都合の良いことを押し付けるのは言語道断である。

そうではなく、現代的なバランスを鑑みた上で、言うべきことは言うというスタンスが重要だし、そのようなことをブレずに続けていることが結果的に部下からの信任に繋がるのではないか、と僕は考えている。

信頼される為には信頼が必要

そういう意味においては、僕は他の多くのマネージャー達よりも、現代の若者たちを信じていると言えるような気がしている。

このくらい言っても大丈夫だろうという信頼がそこにはある。

こちらからの矢印に対して、応えて貰えるだろうという信頼がそこにはある。

結局のところ、信頼される為には信頼が必要なのである。

それをわからずに、一方的に信頼されたいなんて思うのはおこがましいにもほどがある。

というか、その信任に応えられるほどの人格や人間性があなたにはあるのでしょうか?

それなくして、信任など得られるはずがないだろう?

僕が思うのはそういうことである。

人間不信や諦め

僕が若手たちを信頼しているのは、彼(彼女)らは思いのほかそのような本質を見抜いていると思うからである。

Z世代と呼ばれる人たちは、人との軋轢を生むことなく、組織の中を上手に泳ぎ回っているように見える。

でも、僕がそこに感じるのはある種の「飢え」だ。

そのような立ち回りの根幹には、「人間なんてこんなもの」という絶望にも近い諦念があるように感じている。

そして、同時にそうでないことを願っているような気もしている。

人間不信と、人間を信じたいという気持ち。

もちろん、彼(彼女)らはそれに自覚的ではないだろう。

単純に面倒くさいとか、コスパを重要視するとか、そういう説明が為されるのかもしれない。

ただ、僕がマネジメントという現場で感じるのは、上記したような飢えである。

そして、僕が上司から部下から信頼されていると言われるのは、それに応えることができるからだと自分では思っている。

浅はかさとそれに騙される浅はかな人達

冒頭にも書いたように、それは阿りではない。

でも、本質を見抜く目を持っているとは思っている。

それがきっと彼(彼女)らには新鮮に映るのではないか?

「大人なんてこの程度でしょ?」

「こうやって振舞っていればいい子認定してくれるんでしょ?」

そのような浅はかさ。

そして、実際に騙されるたくさんの浅はかな大人達。

その固定概念をぶち破った先に、信任が生まれるのでは?

僕はそのように自分のことを分析している。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

ホワイトごっこ。

僕が現代日本企業に対して思うのはその種のことです。

でも、その内実は全然ホワイトじゃない。

というか、本質なんて変わるはずがない。

ただ、それを直視すると(向かい合うと)色々と面倒くさいので、双方とも見てみないフリを続けている。

そんな風に思っています。

そこに僕のような変人が混じると、それだけで面白く思って貰えるようです。

誠実な仕事を続けていきましょう。