不得意な仕事の見極めを

UnsplashVitaly Garievが撮影した写真

できないものはできない

マネージャーあるあるだと思うのだけれど、多くのマネージャーは自分で何でもできなければならないという幻想に縛られている。

もちろん、できるならそれに越したことはない。

でも、大抵の場合できることできないことに分かれる。

ただそれを見抜かれたらマズいから、何に対しても一定以上できるようなフリを続けていく。

僕自身もその例外ではない。

しかしながら、何年もマネージャーという仕事をやってきて、また自分がおじさんと言われるような年齢になってきて思うのは、「不得意なことはどうやっても不得意である」という言ってみれば当たり前のことである。

どんなに取り繕ってみても、努力を重ねてみても、できないものはできない。

仮にやれたとしても、あまりパッとしない。

だったら、その不得意な部分は他の誰か(たとえば部下)に任せてしまえばいいのでは?

今日はそんな話である。

それでは始めていこう。

もう少し違うアプローチもあったかも

自分が若い頃を思い出してみると、自分自身の考え方や価値観に縛られ過ぎていたなと感じることが多い。

もちろん、その時は無我夢中というか、自分にとって最善だと思うことをやっていたはずなので、それに対して反省するとか恥ずかしくなるとかそういう話ではない。

振り返ってみて、単純にそう思うだけである。

ただ、経験を重ねた今の僕であれば、そのようなアプローチは取らなかっただろうなと考えるのも事実で、その中に今日の話題である「不得意な仕事の見極め」というものがある。

そして、これは主観的というよりも客観的なものであるとも思っている。

好きと得意と嫌いと不得意

自分が不得意だと思っていても得意なことはあるし、逆もまた然りである。

それはあくまでも相対的なものなのだ。

そこに好き嫌いという考え方が載ってくる。

もちろん、「好きで得意な仕事」というのが最も望ましい仕事なのだけれど、そんなことは滅多にないので、「好きだけれど不得意な仕事」を減らし、「嫌いだけれど(もしくは好きではないけれど)得意な仕事」を増やした方がいい、というのが僕がこの年になって思うことである(嫌いで不得意な仕事を積極的にやろうとする人はいないだろう)。

評価は他者が行うもの

ただ、ここで難しいのは、(先述したように)得意不得意というのは自分だけの感覚だけではなく、周囲から見た評価みたいなものが含まれるということである。

自分は不得意だなと思っていても、案外他の人よりも出来てしまうことはある(それもそんなに珍しいことでもなく)。

そして、それが実は高評価に繋がっていることだってある。

その辺を上手に見極めて、「真に不得意な仕事」とは何なのかを考えてみるのは今後のキャリアを考える上でも有用だと僕は思うのだ。

主観は当てにならない

僕自身、マネジメントという仕事の中でも得意なもの不得意なものがある。

また、その得意なものの中には、主観的には不得意だと思っているものが結構多く含まれている。

それはこの仕事を10年以上続けてきてようやくわかってきたことでもある。

というか、そもそもマネジメントという仕事自体が僕は不得意だと思ってきたのだけれど、他者から見ればそうでもないようで、アドバイスを求められるなんてこともあるくらいだ。

それくらい自分が考える得意不得意は当てにならない。

だから、客観的にそれを考えるべきだし、メンター的な人がいればもっと望ましいだろう。

簡単に裏返る

あらゆる物事には表と裏があって、自分はどちらか側しか見えていないことが多いと僕は考えている。

それが主観的な得意不得意である。

でも、それは裏返せば簡単に裏返る訳で、自分自身のそのような思い込みだけで仕事を選別していくのはあまり得策ではないように思う。

これはキャリアにおける考え方にも繋がってくる。

消極的なキャリア選択が本当に消極的なのかはわからない

多くの人は主体的にキャリアを選択していくことを無条件に望ましいことだと考えているようだけれど、それは必ずしも望ましいことではないのではないか、というのが僕の考えである。

というのも、先述したように、案外自分の得意不得意というものは自分自身ではわからないからである。

そのような状態の中で選択したキャリアにおいて、自分が能力をフルに発揮できるとは限らない。

他の誰かに「これがあなたには向いている」と言われたものに対して、「そうなのかな…」と思いながらもそれをやってみる、ということは必ずしも悪いことではないと思うのだ。

マネジメントという不得意な仕事

多くの人は上記したような態度を消極的と捉えると思うけれど、そうとも限らないというのが僕の実感である。

少なくとも僕はマネジメントという仕事が得意だと思ったことはないし、どちらかというと不得意だと思ってやってきた訳だけれど、それなりに成果も出せている。

あの時マネージャーというキャリアを選択していなかったら、という仮定に意味があるのかはわからないけれど、当時の上司が勧めてくれたことによって僕はまだこの仕事を続けられている。

不得意な仕事がそこに含まれていても、部下と共に補い合えば、まあ何とかなるものなのだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

キャリアの主体的な選択。

それが称揚されるのが現代社会ですし、それに疑問を持つ人もそう多くないと感じています。

「キャリアは自分で掴み取るものだ」

そのような言説が巷には溢れています。

でも、僕がそれなりに長く仕事をしてきて思うのは、「そんなこともないのでは?」ということです。

コンバートされてから活躍するサッカー選手はたくさんいます。

人から勧められる得意を時には信じてみましょう。