マネジメント力の伸ばし方
やること、逃げないこと
マネジメント力はどのように伸ばしたらよいか?
時々後輩に聞かれることがある。
僕の答えはこうだ。
「やるしかないよね」
身も蓋もない言い方になってしまうけれど、6年近くマネージャーをやってきた人間からすると、とりあえずやっていれば徐々に向上していくものだ、としか言いようがないのだ。
付言するとするなら、逃げない、ということくらいだろうか。
煮え切らない話になりそうだけれど、今日はこんなテーマで話をしてみる。
マネジメント本に書かれていることは上品過ぎた
僕も駆け出しの頃には同じような悩みがあって、どうしたらもっとまともなマネージャーになれるだろうか、と試行錯誤を重ねていた。
どこかに書いたことでもあるけれど、それこそ「マネジメント本」と分類される本は全部と言っていいくらい読んだと思う。
純粋だった僕は、そこに書かれている様々なメソッドを片っ端から実践していった。
結果あまりうまくいかなかった。
もちろん、全滅、という程ではなかったけれど、マネジメント本に書かれているのはもう少し「レベルの高いチーム」に役立つスキルであって、僕が所属しているようなチームにとっては「上品」過ぎた。
コーチング、という概念についても、欧米のようにある程度個人が確立している組織においては有用なのだろうけれど、日本においては「ちょっとな…」と思うことが多かった。
仕事に価値を置いていない人の方が圧倒的に多い
ざっくばらんな話し方をすると、チームには仕事に価値を置いている人と、そうでない人がいる。
そして、残念ながらそうでない人の方が多い。
そんな状況の中で、高い球を投げて、「みんな頑張ろうぜ!」みたいなことを言っても、ただ白けさせてしまうだけだ。
理想と現実は違う。
大抵の人は仕事に対するモチベーションなんてものはない。
ただ惰性のように毎日そこに通って、貰えるものが貰えればいい、と考えている人が大半だ。
能動的に何かしよう、なんて考える人は殆どいないし、そういう人はどんな人がマネージャーになったとしても勝手に伸びていくものだ。
出来る人にはマネージャーは不要である。
それが現実だ。
モチベーションがない人をモチベートすることはできない
そういう意味では、マネージャーの仕事は「モチベーションのない人達をどのように使うか」ということになってくるとも言える。
そして、更に現実的なことを言うなら、そういうモチベーションのない人をモチベートすることができることは殆どない。
指示待ち部下なんてものは当たり前。
他責にする部下しかいなのも当たり前。
当然やる気なんてない。
そういう人に対して、マネジメント力をつければ何とかなる、と思っているのであれば、それは早々に諦めた方がいい。
無謀だ。
では、マネジメント力をつけることは意味がないことなのか?
そうでもない、というのが後半の話となる。
上手く伝わるかわからないけれど、話を続けていく。
時が来た時にきちんとヒットにできる能力
マネジメント力を「重い石を動かす能力」みたいなものだと思っている、というのが前半の話だ。
要は「梃子でも動かぬ人」を動かせるようになるのがマネジメント力だと多くの人は思っている。
僕もそう思っていた。
でも今は違う。
時が来た時に、きちんとヒットにできる能力、というように僕はマネジメント力を捉えている。
諦念がマネジメント力を向上させる
そしてその能力は場数を踏むことによってしか身に付けることができない。
色々な試行錯誤を経て、ある種の諦念みたいなものが心の中にないと、その能力は発揮できない。
人は動かせない(きっとカーネギーなら出来るのだろう)。
部下の能力は向上しない。
やる気は出せない。
そういうものを日々痛感することで、マネジメント力は磨かれていく。
理想と現実の乖離による挫折の積み重ね。
そこに逃げずに対峙していくこと。
それがマネジメント力を伸ばす方法だ。
そういう経験を踏んでいくと、部下に対して期待することがなくなっていく。
どうせまたダメなんだろうな、と思うようになる。
パターンAからパターンZまで一通り試した先に、違うパターンがあるなんてことは思いもよらないだろう。
でもあるのだ。
ただセンター前に打ち返す
例えが適切ではないかもしれないけれど、マネジメントを「使役動詞(let)」のように考えているとしたら、それは間違いだ。
「~させる」というのは、前述したように無理だ。
ただ、同時に部下の状況は刻々と変化していく。
そして、あるタイミングに、マネージャーに相談してみようか、と思う時が来る。
もちろんそのような関係性を日々築くことがマネジメントということでもある。
見捨てずにいる、というのも大事な能力だ。
でも、初めから部下を諦めていれば、それもそんなに難しいことはない。
期待していなければ、裏切られることはない。
そんな繰り返しの日々の中で、ふいに、部下から球が投げられる。
1on1みたいなかしこまった場だけでなく、デスクにいる時の何気ない会話の中に、それは投げ込まれる。
僕は、力まずに、考えずに、ただ体が反応するように、それをセンター前に打ち返す。
打点にもならない、ただの単打。
それこそがマネジメント力だ。
誰の得にもならないフラットな言葉
当たり前の話だけれど、人は誰かに何かを言われて変われるほど素晴らしい生き物ではない。
自分が変わろうと思わなければ、変わることはない。
ただ、その変わろうとしたタイミングに適切な言葉を投げかけることができれば、その人の背中を押すことはできる。
僕としては、変わろうが変わるまいが、正直どうでもいい。
他人の人生に過ぎない。
そんな中における、誰の得にもならないフラットな言葉。
それを自然に使うことができるようになった時、マネージャーはレベルアップしたと言えるようになるだろう。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
マネジメント力は諦めることによって磨かれる、というのは自分でも消極的な結論だなあと思いますが、割と言いたいことを言えたような気がしています。
RPGでレベルが上がって新しい魔法を覚える、それを使えばメンバーが生き生きと動き出すようになる、なんてことは現実には起きません。
誰かに何かをしよう、させよう、とすること自体がたぶんおこがましいのだと思います。
僕はたくさんのことを諦めた結果、相手に何も期待せずに、フラットな言葉遣いができるようになりました。
それがいつ相手に刺さっているのかは、正直その時点ではわからないのですが、後々になって、部下が程よく酔っ払った時に、「あの時は…」なんて言われることがあるので、チームマネジメントは面白いのです。
これからも僕はたくさん諦めながら仕事をしていくつもりです。
参考になる部分があれば幸いです。