大人になる方が割を食う世界

大人がいなくなり、子供だけが残った

組織の劣化を日々感じている。

それは当社の様々な問題が関係しているのだろうけれど、そこまで大きな話ではなくても影響は出てくるもので、僕がいる「現場」にもその兆候は確実に現れてきている。

以前にも書いたことだが、「大人」たちがいなくなってしまったのだ。

ここで言う「大人」というのは、状況を引いて見られる人、自分の立場を離れて物事を眺められる人、のことを指す。

そういう人達がいなくなって、「子供」が溢れている。

自分の感情や利害に任せて我が物顔に振舞うこと、それを誰も指摘できないこと、指摘したとしても逆ギレすること、そんなことが日常茶飯事になっている。

僕は性根が冷めているので、できるだけそのような人達とは距離を取っていきたいのだけれど、こちらが譲歩すると、ずかずかと踏み込んで来るから余計にたちが悪い。

今日はそんな愚痴めいた話だ。

めんどくさい認定されると最強だ

「間を取る」というのは、交渉における1つの解決策である。

双方に言い分があって、それぞれの利害が異なる、というのは人間が生きている以上仕方ないことで、その中でどのように折り合いをつけるかが、大人の振る舞いであると僕は思っている。

そして決めたこと、終わったことは蒸し返さない。

これが社会で生活する上での暗黙のルールであると思う。

ただ、これが「当たり前」ではなくなってしまった。

何というか、無茶な主張であっても主張する方が優位、「言ったもん勝ち」みたいな感じになってしまっているように感じている。

傍若無人に振舞う方が、この社会では得をする。

「面倒くさい人認定」された方が、好きなことができる。

そんな感じである。

タガが外れた

もちろんこの手の人はいつだって存在する。

でも、以前であればその数は今ほど多くはなかったし、一定以上の振る舞いに対しては社会的抑制が働いていたような気がする。

そのタガが外れてしまったのが現在だ。

こういう人達と接すると、本当に精神的に疲れる。

何を言っても改善する見込みのない相手と話をすること以上に疲れることはない。

だから多くの人がそういう人達との関わり合いを避けるのだろう。

だから結果としてそういう人達がのさばることになるのだろう。

ハラスメントの反動?

これは上位者が「叱れない」ことも関係しているような気がしている。

ハラスメントの概念が行き渡った結果、それに対する過剰な反動が生まれている。

誰も何も言えない。

相手に少しでも厳しいことを言うと、ハラスメントだと言われるから。

そんな社会が当たり前になってしまった。

僕たちは僕たちの首を絞め続けている

以前から何度も書いていることだけれど、僕たちはそうやって僕たちの社会を息苦しいものにしている。

組織内だけの論理や視点で一生を終えられるならそれでいいと思う。

ただ、残念ながら世界は広い。

僕たちはこの30年、内部での下らない差異に拘って、拘り続けて、どんどん相対的に貧しくなっていっている。

それも内部にいれば気付かないのかもしれない。

でも、果たしてそれでいいのだろうか?

ザ・どんぐりの背比べ

これは成果ではなくて、差異(違い)に目を向けることが評価軸になっていることも関係しているのだと僕は思っている。

現状における評価というのは、組織内でのパフォーマンスそれもみみっちいレベルでのパフォーマンスの違いに焦点を当てて、どちらが優れているとか劣っているとかをやっているだけである。

そんなものは遠くから見れば、誤差に過ぎない。

でも、子供たちはその小さな差異に拘泥し続ける。

1つ1つあげつらって、嬉々としている。

僕にはよくわからない。

ザ・日本社会

もう少し言うと、これは精神的な病理みたいなものだと僕は思っている。

日本社会を覆う構造的な宿痾。

それがじわじわと僕たちの精神を蝕んでいる。

そんな気がしている。

無限に欲しがる子供たち

大人たちはもう社会からいなくなってしまった。

たぶん嫌気がさしたのだろう。

その気持ちはよくわかる。

子供たちは無限に欲しがるから。

程度というものを知らないから。

ここから脱する方法はあるのだろうか?

僕はまだわからないでいる。

もう疲れたよ

だからこそこんな文章を書いているのだろうとも思う。

でも、自分のチームくらいはそういう風潮を無くすことはできるのではないか?

僕はそんな儚い願いを持って仕事を続けている。

子供たちと付き合うのはもう疲れたのだ。

もっと外に目を向けたいのだ。

内向きのエネルギー、しょうもないどんぐりの背比べはもう飽きたのだ。

大人になる方が割を食う世界で、子供たちの侵食に苛まれ続ける社会で、僕たちにできることはせいぜいそんなことくらいだろう。

それだってきっと無駄な抵抗に過ぎないのだろうけれど。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

社会の幼児化が進んでいる。

それがいつ始まったのかは定かではないですが、大人と呼ばれる人達がさもしい行動ばかりしているのを見ると、本当にうんざりとしてしまいます。

自己責任論やメリトクラシー、アノミー論など、現代を表現する言葉はどれも「個」という字が関係しているような気がしています。

そしてその「個」はそれぞれ「孤立」している。

だからこそ親を求め、母を求め、泣き叫んでいるのかもしれません。

僕はそこから逃れて、大人たちが集うコミュニティを作りたいと思っています。

ご賛同頂けたら幸いです。