ヘラヘラ系マネージャーにならないために

パワハラ系マネージャーの減少とヘラヘラ系マネージャーの増加

パワハラ系マネージャーの減少と共に増えてきたのがこのヘラヘラ系マネージャーだ。

昨今ではパワハラ防止法が施行されたように、パワハラの弊害はだんだんと世間にも知られるようになった。

パワハラの弊害は言うまでもない。

僕はこの種のマネージャーが大嫌いだ。

(これについては「パワハラ系マネージャーにならないために」を読んで頂きたい」

○○ハラスメントというものは他にもたくさんある。

セクハラ・アルハラ・モラハラ・マタハラなど本当にたくさんある。

この種のハラスメントは断じて許されるものではないし、会社側もこれらをリスクとして認識するようになってきた。

当然マネージャーにもハラスメント防止は徹底される。

どういう事象がハラスメントに該当するのか、しないのか、そうならないようにはどのように行動すべきなのか、こういったことが日々意識される。

これはとても好ましいことだと思う。

それこそ昭和的な価値観においてはこういったことがコミュニケーションだとされていて、その旧時代の意識のまま行動しているマネージャーはまだたくさんいるからだ。

それによって被害を受けている人もまだたくさんいる。

それは絶対に防がなければならない。

これが大前提だ。

しかしながら、こういったハラスメント意識の高まりが行き過ぎてしまうと、何でもかんでも気に食わないことはハラスメントに置き換えられてしまいがちになるのも事実だ。

マネージャーにおいては、部下との関係性が良くない場合に、特にこの部分が露わになる。

昨日までハラスメント的な行動をしていたマネージャーが急に変われるわけではないので、コミュニケーションの取り方がわからないマネージャー達はリスクを恐れ、急に何も言わなくなる。

本来は注意すべき事項についても、ハラスメントだと訴えられるのが怖いので、黙って見過ごすようになる。

こうしてヘラヘラ系マネージャーが誕生する。

ヘラヘラ系マネージャーの生態

ヘラヘラ系マネージャーは事が起こるまでは基本的に何もしない。

ただ事態をそのまま見守っている。

そして実際に事が起こったとしても、特に対応を行うでもなく、ヘラヘラしてその場をやり過ごそうとする

部下もその行動に呆れてはいるものの、ヘラヘラしているだけで自分に実害はないので、だんだんと気にもかけなくなる。

空気のような存在になっていく。

これが最近のマネージャーの主流だ。

令和時代に最適な最先端のマネジメントスタイル

個人的にはそのようになってしまう気持ちがわからなくはない。

マネージャーだって、部下に何かを言ってトラブルになったり、嫌われたくはない。

現金な言い方をすると、指導をしてもしなくても、給料が変わる訳ではない。

そして昨今はハラスメントに対してものすごく敏感になっている。

であるのであれば、なるべくことを荒立てずに任期をやり過ごす方向に意識が向くのも仕方ないことであるような気がする。

たぶんこれが当世流なのだろう。

職場での関わり合いはあくまでも職場での関わり合いであって、それ以上でもそれ以下でもない。

コミュニケーションは親しい人の間で取るべきものであって、それ以外の人達と取る必要はない。

ある種の無関心が令和時代には合っているのだろう。

逃げ腰のマネジメントを超克するために

基本的にはこのスタンスには僕も賛成だ。

職場に家族的な親しさや馴れ合いは不必要だし、他人同士が下手に距離を詰めるとろくなことにはならない。

酒を飲まなければ仲良くなれないわけではないし、下ネタを言わなければ親しくなれないわけではない。

余計な飲み会や社内コンペや社員旅行は不要だと僕も思う。

だがしかし、だ。

マネージャーはそれでいいのだろうか?

指導とハラスメントの線引きはかなり曖昧だ。

嫌いな上司から指導されたら気持ち悪いと思うのは当然の反応だと思う。

でもだからと言って何も言わないというのは違うのではないか。

マネージャーはマネジメントをするのが仕事だ。

そこに別に個人的な親しさは不要だけれど、プロフェッショナルとしての仕事はしなくてはならない。

時には耳の痛いことも言わなくてはならない。

もちろん個人的な感情をぶつけるのは言語道断だ。

個人的な欲求を満たそうとすることも論外だ。

しかしながらチームを纏め、目標に向かってある程度の規律を持たせることはマネジメントには不可欠な要素であるように思う。

というか、それができないのであれば、マネージャーがいる必要などないのだ。

マネージャーは個々の力を結集させて、それ以上の力を引き出すのが仕事だ。

それが第一義であり、嫌われたくないとか訴えられたくないのであれば、そのようにマネジメントすれば良いだけなのだ。

自分に自信がないからといって逃げるなよ

確かにこのご時世でそれを成し遂げるのは難しいというのは非常によくわかる。

でも初めからそれを放棄するのは違うと僕は思うのだ。

チームには色々な人がいるので1対1の関係性ではうまくいかないこともあるだろう。

でも、本質的に変なことを言っていないのであれば、言われた本人からは嫌われるかもしれないが、他のメンバーからは指示を得られるものだ。

誰しも色々な思いを持って仕事に励んでいる。

そこでマネージャーが統率することを放棄してしまったら、チームで働く意義は全くなくなってしまう(個人単位で仕事をすればいいのだ)。

厳しいことを言うためには、当然ながら自身の人間性や日頃の行いが試される。

でなければそれは宙に浮くだけだからだ。

すごく厳しい道のりだと僕も思う。

でもその先に行かないとマネージャーとしての喜びも得られないのだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

部下の立場の時にはパワハラ系マネージャーが一番嫌でしたが、マネージャー目線になると、ヘラヘラ系マネージャーに一番腹が立ちます。

これはニュアンスが難しいのですが、パワハラ系マネージャーはまだ自分でリスクを取っている感じがするので、同じ立場のマネージャーとしてはそこまで嫌にはなりません(自分に火の粉が降りかからないという前提ですが)。

しかしヘラヘラ系マネージャーは全て惰性によって仕事をしているのにも関わらず、それを見抜けない人からは「物分かりの良い人」扱いされるのでたまったもんではない、というのが僕の心境です。

同じ給料であれば、そのような仕事のやり方の方がコスパがいい、というのはアホな僕だってわかります。

でもそれだけではいけないのじゃないかな、と最近は思っています。

どうも共感者は少ないようですが…。