コスパと思考停止

そのコスパってコスパ高いの?
年々コスパ思考が強まっている。
特に若手社員と話をするとそのように思う。
もちろん、彼(彼女)らの言い分もわかる。
「無駄なことはやりたくない」
「自分にとってメリットがない仕事をやる意味がわからない」
そのような話。
ただ、そのような話を続けてきて今僕が思うのは、「その意味で言っているコスパって、本当はコスパが良くないのでは?」ということである。
確かに、短時間においてはそれは妥当だと言えるのかもしれない。
でも、彼(彼女)らが考えるキャリアの歩みにおいて、その行動がコストパフォーマンスが高いとは到底僕には思えないのである。
それって、ただの思考停止なのでは?
というか、既知をなぞっているだけでは?
そのように思うのである。
何だか意味がわからないかもしれないけれど、今日はそんな話をしていこうと思っている。
それでは始めていこう。
じゃあ、死ぬ?
「それって何の意味があるんですか?」
若手と話をしているとよく出てくる質問である。
その度に、「意味なんてないよな」と僕は思う。
というか、そのような問いを拡張していくと、仕事をしていることに意味なんてないし、生きていることに意味なんてないよな、と僕は思ってしまう。
生きるということは壮大な無駄であり、今日の文脈で言うならコスパはとても悪いことになる。
究極的にコスパを求めていくなら、死ぬのが最適である。
でも、生きていることを肯定しなければ、何も始まらない。
それは仕事においても同様だし、その仕事に意味があるかどうかなんてことを考えていること自体が壮大なムダ(コスパが悪いこと)だと僕は思うのだけれど、彼(彼女)らはそうは思わないようだ。
取捨選択している時点でコスパ悪くね?
「自分のキャリア形成において無駄だと思うことはコスパが悪いと見做す」
それが彼(彼女)らのロジックである。
「最短距離で自分がなりたいものになる。その為には必要なものと不要なものがあり、この仕事は不要なものである。だからやる必要がない」
それは一見筋が通っているように思える。
「でも、それが必要か必要でないかを判断しているのは、あくまでもあなたであって、本当にそれが必要かどうかというのは現時点ではわからないよね?」と僕は思ってしまう。
「また、そのキャリアへの最短経路というのはあくまでも現時点においてあなたが考えているだけであって、それが本当かどうかなんてことはわかり得ないよね?」
「もっと言えば、仮にその仕事に就けたとしても、大事なのはそこで成果を出すことであって、ただその仕事に就く為だけの行動って、本当の意味においてはコスパが悪いのでは?」
メタ的に言うなら、それが必要か不要かを考えていること自体がコスパが悪い行為なのだ。
そして、そのような既知をなぞる行動を優先的に取っている者が、キャリア形成上優遇されるとは僕には到底思えないのだけれど、そこまでの想像は働かないようである。
コスパが高いと思われる行動を取る者ばかりの集団がコスパ高い訳がない
既知をなぞる行動を優先的に取るものは、どう考えても優秀ではない。
それはその行動をその者が取っていることからも伺い知れるように、誰にとっても模倣可能だからだ。
あなただけでなく、他の者も同じ行動を簡単に取れるのである。
となると、そのキャリアを目指す者は同種の人で溢れることになる。
では、僕が仮に人事担当者だとして、同じような種類の人の中で、些末とも言えるような能力の優劣によって、そのキャリアに就けるかどうかを判断するだろうか?
そんなことはないだろう。
いや、もしかしたら1人くらいはその中から最も優秀な者を選ぶかもしれない。
でも、ほぼ間違いなく違うタイプの人間を選ぶだろう。
それは既存の人員の中にそのようなタイプの人間は既にいるからである。
多少のマネジメント経験があれば、同じような人間が集まるチームに爆発的な成果が生まれることは考えにくいと思うはずだからである。
だとすると、若手社員が考えるコスパの高いキャリア形成を真に実現するなら、あなたやあなたの周りの若手社員がコスパが悪いと思われる仕事に真摯に取り組むことが結果的に最もコスパの高いキャリア戦略となるのではないか?
僕は迂回的にそのように考えてしまうのだ。
模範解答をなぞる行動
既知をなぞる行動はAIへの近接を意味する。
そして、それならAIの方が断然優秀である。
たぶんこれからの時代において、望ましいキャリアを形成する為には、AIから離れる位置にいることが重要になるはずだ。
そして、それは同じ種類のものを好むであろうと考えるアルゴリズムから逃れる行為であるとも言える。
要は、全然関係ない物事を結び付けられる能力が重要視される時代になるのだ。
それと逆行し、多くの若者たちはネットですぐに出てくるような模範解答をなぞる行動を取っている。
それほどコスパの悪い行動ってないぜ?
僕はそう思ってしまう。
思考停止が最高にコスパ高い
コスパの良い行動というのは思考停止だ。
そこでは考えるという行為が捨象されている。
だから、コスパが良いのである。
考える時間というのは壮大なムダだから。
でも、そのようなムダな行為ができる人間こそが、きっとこれからの時代においては求められていくはずだし、結果として「コスパが良かったね」と思えるようになるはずなのだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
コスパ厨とそのつまらなさ。
若手社員と話をしていて思うのは、「絶対値の低さ」です。
確かにコストを下げれば、費用対効果(効率)という意味では(レシオが)高くなるのかもしれません。
でも、パフォーマンスも低くなります。
効率を求めることは否定しませんが、絶対値も同様に大事です。
というか、レシオが低くても、絶対値が高ければ問題なくね?
コスパ厨はコストを下げることに意識が向きがちで、パフォーマンスを上げることはあまり考えていないように僕には思えます。
パフォーマンスを高める為に、無駄なこともたくさんやっていきましょう。