きっちりやるかゆるくやるか
よきにはからえ
マネジメントの要諦はバランス感覚だ。
このバランスを保つには、「きっちり」と「ゆるく」をいい塩梅にしなければならない。
これはマネージャー自身のキャラクターによっても変わってくると思うのだけれど、僕の場合はベースを「ゆるく」、時々「きっちり」というスタンスを取っている。
基本的に僕は部下には好きなように働いて欲しいと思っている。
僕らはいい大人同士で、仕事というのはそれぞれが勝手にやるものだ、それにいちいち口を挟むのはどうなのか、という考えがあるからだ。
だから殆どの場合は僕は放任している。
「よきにはからえ」だ。
大きな問題以外は部下同士で解決すればいいと思っているし、そこにわざわざ出張っていって存在感を発揮したいという考えはない。
マネージャーはマネージ(管理)するのが仕事なのか?
このスタイルの欠点は、マネージャーが暇そうに見える、ということだ。
今となってはこれにも慣れたし、周りも「あの人はああいう感じだけど成果も出しているから」というように認めてくれるようになったけれど、やり始めの頃はそれはそれは大変だった。
というのは、「マネージャーたるものマネージ(管理)するのが仕事」という考え方が根強いからだ。
「いやいやそうでしょ? マネージャーが管理しなくてどうするの?」
たぶんこれが普通の反応なのだと思う。
なので、僕は「何もやらない課長」というありがたくない称号を頂くことになった。
そして普段とても暇そうに見える。
これでは人事考課上厳しそうだ。
少なくとも僕が僕の人事考課をする上司の立場であったら、「大丈夫か?」と思うだろう。
でも僕は断言できる。
「大丈夫だ」と。
その理由の1つが、時々僕は「きっちり」やるからだ。
個人で仕事をしていくのであれば「きっちりオンリー」でもいいけれど…
少なくとも僕自身は仕事が速い方だと思うし、自分の上司からの依頼事項に対して「ゆるさ」は全くない。
個人で仕事をするのであれば、僕はたぶん誰よりも「きっちりさ」を愛していると言っても過言ではないと思う。
実際にマネージャーになるまでの僕を知っている人であれば、こんな風に「ゆるく」仕事をしていることにものすごくびっくりすると思う。
そのくらい僕自身は(自分で言うのもなんだけれど)、「きっちり」した人間だと思う。
でもチームで仕事をする場合にはこれが裏目に出たりする。
特にマネージャーとしては、その「きっちりさ」を部下にも求めてしまいがちなので、これは大きなマイナスとなる。
僕は本当にマネージャーになった当初は、この「きっちり」スタンスで仕事をしていた。
でも、ある時から「ああ、このスピード感では部下は付いて来られないのだな」ということに気付いて、いまのスタイルに変えた。
そうするとイライラすることも減ったし、僕自身も仕事がしやすくなった。
チームも上手く回り始めた。
これは僕にとって目から鱗だった。
「こんなにテキトーにやっていて成果が上がるなんて!」という感じだった。
というより、たぶん僕は人より「きっちりし過ぎて」いたので、このくらい「ゆるめた」くらいじゃないといけなかったのだろうと思う。
時々厳しさを使うほうが「効く」
これが僕の基本となる仕事のスタイルであるが、時々大きな問題が起こったり、部下が「緩みすぎているな」と思った時にはきちんとしたスタイルをチームにも適用する。
それは個別面談の場合もあるし、チームミーティングの場合もある。
意図的に厳しさを演じたりする。
嫌らしい言い方になるけれど、普段あまり怒ったり叱ったりしないので、時々のこの厳しさは「効く」。
チームに緊張感が戻る。
これでしばらくは大丈夫になる。
僕はまた暇そうに仕事を続けるようになる。
これの繰り返しだ。
ニセモノたち跋扈する世界で
簡単なように見えると思うが、実際にやるのはなかなか難しい。
というのは、マネージャーもやっぱり目立ちたいし、評価されたい、と思うからだ。
先程の上司目線から見た場合、1人のマネージャーが暇そうで、もう1人が忙しそうだったら、忙しそうな方を優秀だと思うだろう。
僕から言わせればこれはナンセンスだと思うのだけれど、でも現実はそうだ。
忙しそうに働いて、部下を徹底的にマネージして、成果も独り占めにして、とにかく有能なマネージャーであることをアピールしようとする。
その一方でその養分にされている部下達は萎れていく。
これが職場でよく見られる光景だと思う。
失敗は部下に押し付けて、責任はできるだけ回避して、自分だけが出世しようとする。
僕はこういう見かけだけ有能なマネージャーが大嫌いだ。
本当に成果がそれで出るのであれば、部下が成長しているのであれば、そのスタイルでも全然構わない。
でも僕が見てきた世界では、こういう人は成果を出せないし(継続できないし)、部下はどんどん腐っていく。
それを見て、若手たちは「中間管理職になんてなりたくないな」と思うようになる。
チームも組織も疲弊していく。
僕はこういう似非マネージャー達の中で、評価されづらい形で今日も働いている。
そういうちんけなマイクロマネージャー達の誰よりも成果を出そうとしている。
支援者は未だに少ない。
でも増えてきたことも事実だ。
あなたもその輪に加わってくれたらこんなに嬉しいことはない。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
「管理をしないマネージャー」というのは対義語が同居しているような変な言葉ですが、僕はこのような概念の下で仕事をしています。
究極的にはマネージャーなんていらないよね、とすら思っています。
それと同時に、マネージャーという役職がなくても、自然と僕はマネージャー的な立場に推されるだろうな、という自負もあります。
これはマネージャーというものをどのように捉えるかによって違ってくるのだと思うのですが、僕はマネージャーを「良いパスを供給し続けるバランサー」のようなイメージで捉えています。
パスを配給し続けることで、チームの体温を上げるというか、ゲームスピードを上げるというか、そんなことを考えながら仕事をしています。
もちろんパスの行方が気にならなくはないのですが、それをどうするかはそれを受け取ったプレーヤーが考えればいいんじゃないか、そして自分は次のパスを出すことを考えた方がいいんじゃないか、そんな感じです。
それを無責任だという人は多いですが、僕はあまり気にしていません。
まだ上手く言えないのですが、動的で変化し続ける「場」をその都度支配していく(制していく)のがマネージャーの仕事ではないかと考え始めています。
そしてそれは静的な「管理」とは違う概念だと思っています。
もう少し纏まったら、またどこかで書くつもりです。