権威の失墜と実力主義の台頭

権威なんてものは空っぽだ

相手に言うことを聞かせる際、それが権威に基づいたものなのか、実力に基づいたものなのか、はよく考える必要がある。

特にマネージャーのような立場の人はそうだ。

以前であれば、マネージャーの言うことはある種絶対であり、それに黙って従うことが是とされていたが、これが現在においては変わりつつある。

だから、あなたがもし「我こそはマネージャーである。マネージャーの言うことは絶対である」というような意識を持っているとしたら、今すぐにでもそれを捨て去った方が良い。

結論から言うと、現在において権威なんてものは空っぽであり、その席についている者に実力があるかどうかに基づいて、その指示に従うかどうかは判断されている。

そういう意味においては、権威というものの価値が下がっていて、実力というものの価値が上がっていると言える。

まだまだ実力が権威の座を奪ったとは言えないまでも、そのバランスが変わりつつあることは事実だ。

それを今回は書いていく。

体育会系の上下関係

日本において、権威ということを考える際、とてもわかりやすいのが体育会系部活の上下関係だ。

先輩は絶対的に偉く、後輩はその指示に黙って従うことがデフォルトである。

でも当然のことながら、偉そうにしている先輩の中には実力がない者がいる。

体育会系の世界で言うのであれば、その競技が下手だということだ。

でもこのような世界観においては、そのように実力がない先輩であっても、ある程度の敬いは必要とされるし、競技を離れた場所においてもその命令に従わなければならない。

先輩は先輩で自分の実力がないことはわかっているけれど、「それでも自分は先輩である」というようなスタンスで後輩に当たることが多い(むしろ実力がある後輩を妬んでいたりするからたちが悪い)ので、結果として何というか、実力とは別の捻じれた関係性がここに生じる。

先輩絶対主義の没落とコストカット

これは社会人になっても引き続き適用される。

先輩と後輩、上司と部下において、重要視されるのはそこに年功という権威があるか、職位という権威があるかであって、そこに相応しいだけの実力があるかはあまり考慮されない。

昨今においては「年功序列」というものが崩れつつある、なんていう論調もあるけれど、実際にはそれを崩せているのは一部の本当にエリート社員だけであって、それ以外の人間にとっては旧態依然の「先輩絶対主義」のままだ。

上位者はその場にいるだけで、上位者というポジションを得ることができるので、特に実力を磨くこともなく、ダラダラと仕事をしている。

既得権益の甘い汁を吸って、偉そうな説教を垂れたりする。

でも時代は変わりつつある。

それは企業に余裕がなくなってきたからだ。

そのような「腰掛け社員」を雇っていてはコストばかりが上昇するし、競争に勝ち抜くことができなくなってきた。

すると「実力主義だ」とか「成果主義だ」ということを言いながら、体よくコストカットに動いていく(これはこれでどうかとは思うが)。

個人戦略の変化

このような状態を見て、若者(後輩)はどう考えるか?

「今までは先輩(上司)の言うことを聞いていれば、自分もいずれそのような立場になって、同じような振る舞いができた」

「そういう意味においては、年功に従う、ということは個人戦略上も優位であった(給料も段階的に上がっていくから生活設計も描きやすいし)」

「でも、会社のスタンスは変わってきているし、その偉そうなことを言っていた先輩(上司)も最近どこかへ飛ばされたらしい」

「じゃあ、そんなやつの言うことを聞くなんて無駄じゃないか?

「というか、会社の言うことは程々に聞いておいて、自分のやりたいようにやっていた方がいいんじゃないか?(どうせ自分も飛ばされるのかもしれないし)」

こんな感じだと思う。

「人」から生じる権威と「席」から生じる権威

厳しい言い方をすると、かつての権威というのはあくまでも形骸的なもので、その「人」から生じていたものではなくて、その「席」から生じていたものに過ぎなかったのだ。

中身のない人、実力のない人、の言うことを聞いていても、自分にとって何のメリットもない(というか、むしろ有害だ)。

企業もない袖は振れない。

だったら、自分の実力を磨くしかない。

そんな風に考える人が大半になってきたのだろう。

シンプルな世界

マネージャーにとってはやりづらい時代ではある。

でも、そのマネージャーに本当の実力があって、そんな社会状況であってもこの人と一緒に働いていると面白い、自分の能力が賦活される、と部下に思われるなら、とてもやりやすい時代とも言える。

余計な気遣いや阿りは不要だ。

ただ、プロフェッショナルとしての仕事をすればいい。

ある種シンプルな世界だ。(もちろん残酷ではあるが)。

実力が先、権威は後

個人的にはこのような状況は好ましいものと思っている。

僕は成果主義者であるし、何の実力もないのに偉そうにしている人物が好きではないからだ。

それに先述したように、権威というのは自然に生じるものであって、強制するものではないのだ。

席から生まれるものではないのだ。

実力が先にあって、権威は後からついてくる。

それを履き違えちゃいけない。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

本文内では「マネージャーにとってはやりづらい時代」と書いていますが、僕個人としてはマネジメントがやり易い時代になってきたことを感じています。

それは、「張りぼてマネージャー」「口だけマネージャー」「メッキマネージャー」が炙り出されてきたからです。

自分自身に能力があるとは思わないのですが、明らかに分不相応だなと思うマネージャー達が可視化されてきたこと(そして淘汰されつつあること)は望ましい変化であると僕は思っています。

自信がないマネージャーに限って、プロセスを必要以上に尊びたがるし、言い訳が多いものです。

高い成果を目指して、いい仕事をしていきましょう。