ルールメイクは柔軟に

ルール至上主義とルール警察による取り締まり
部下の行動をルールによって規定しようとするマネージャーは多い。
Aの場合はB、Cの場合はD、といったように、ある事象が生じた時にはこのように行動するべきである、とあらかじめ定めておくと、マネージャーがいちいち判断をしなくて済むようになるので合理的だ。
ただ、予めルールを定めていても「例外」というのは生じてくる。
この「例外」への対処方法を間違えてしまうと、ルールがそれこそ無限に増えてくる。
屋上屋を重ねるように、いびつなものが出来上がっていく。
すると、メンバーの行動が、自発的なものでなく、ルールを参照したものになってくる。
中には、「ここにこのように規定されているので、それはやりたくありません」みたいなことを言い出す者が出てきたり、他のメンバーの行動について「あれはルールを逸脱しています」みたいに告げ口してくる者が出てきたりする。
ルール至上主義みたいなものが蔓延り、ルール警察みたいなものが出てくる。
かといって、ルールがなければ、それこそ無法地帯になってしまう。
その匙加減をどのようにすればいいのか、今日はそんな話だ。
抽象的なルールと具体的なルール
まず前提として、ルールには2種類ある。
1つは、ミッションやビジョンのような大きくかつ抽象的なルール。
もう1つは、行動を規定するような小さくかつ具体的なルール。
大抵のルールというのは、後者のことを指すものだ。
でも、ルールがあまりにも多くなってくると、後者同士が矛盾したものになったり、後者と前者が矛盾したものになったりする。
その場合には、前者を優先させる。
これで大抵のルールメイクは上手くいく。
判断の参照点を持ちたいという強い願望
僕自身はルールというのはできるだけ少ないものが望ましいと思っている。
でも、部下を持つようになって、世の中の大抵の人にとってルールはあった方がいいのだな、と気づくことになった。
というのは、大抵の人は自分の考えや意見を開示することに前向きではないし、仮に開示せざるを得ない場合であっても、その根拠というか拠り所みたいなものがないといけないのだな、ということに気付いたからだ。
「私はこう思う」や「私はこうしたい」だけでは理由として弱くて、「ここのルールにこのように書いているから、私はこう思う(こうしたい)」というように判断の参照点を持ちたい、責任を転嫁したい、というのが多くのメンバーの傾向としてある。
そして、そういう人達が集まってチームを形成している。
すると、結局日々の行動というものの根拠がルールを参照したものになってしまう。
こうして小ぶりなチームが出来上がる。
そしてルールというのは無限に自己増殖を続ける。
マネージャーが独裁的に振舞う場面も必要
そういう意味において、ルールメイクというのは慎重に行わなければならない。
そして、最終的な判断はマネージャーが行う、という覚悟が必要となる。
独裁者というか、神のような、ルールを超えた存在として振舞う場面が時に必要となる。
これもやや説明が難しいのだけれど、多数決や合議の方が素晴らしい、という意識が強すぎるような気がしている。
自分自身もそうであったが、何かを決める時には合意を形成した方がいいのではないか、その方が民主的ではないか、と思っているマネージャーは多いと思う。
でも、5年以上マネージャーをやって気づいたのは、多くの人は「誰かに決めてもらいたい」「それに従いたい」と思っているということだ。
もちろん積極的にそれを開示している訳ではないけれど、「私は上の命令に基づいてこのように行動しています」という「言い訳」がないと行動できない人というのはとても多いと思う。
このように、自分の意思がない訳ではないけれど、それを開示すると矢面にも立たされるので、それを回避したい、と考える人にはマネージャーが独断と偏見に基づいてえいやっとルールを決めてしまった方が上手くいく。
自分のことすら自分で決められない人は一定数存在する
このイメージを掴むまでに僕は結構時間がかかってしまった。
これが日本人特有のものなのかはわからないけれど、制度やルールは「お上」が決めるもので、与えられるもので、それに従うことが仕事である、と思っている人は思いのほか多い。
僕自身は、「そうは言っても、こっちの方が良いんじゃない?」と考えて仕事をしてきたので(ルールはルールとして尊重しつつも、時と場合によってはそれを逸脱する方が望ましいこともあるし、ルール自体を変えてしまう方が良い場合もある)、この考え方には違和感があった。
でも、実際にマネージャーとして働いていると、自分のことすら自分で決められない人、というのが一定数存在するのだな、ということに気付かざるを得なくなった。
結果として、ルールはルールとして定めるけれど、それ以上のことはマネージャーが決める、というスタイルを今は取っている。
能動的なチームを作る為には大義が必要
そして、そのマネージャーが決める際に参照点とするのが、ミッションやビジョンのような抽象的なルールだ。
大義、と言ってもいい。
我々は何のためにチームで活動しているのか、というそもそも論、やや青臭い議論をそこに載せておく。
すると、最初は具体的なルールばかり参照にしていた部下もだんだんとアドリブが利くようになってくる。
そうなればチームの状況も上向いてくるはずだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
「大きなチーム」を作るか、「小さなチーム」を作るかは、マネージャーの好み次第です。
僕は前者です。
メンバーが各々勝手に好きなことをやっていて、マネージャーの仕事は責任を取ることだけ、というような「大雑把な」チームを僕は好みます。
一方で、ある程度マネージャーが「コントロールしたい」という気持ちも理解できます。
そのような時にどこまでルールとして規定するか、というのは結構大事なことです。
メンバーの特性や、業務内容によっても変わってくるとは思いますが、個人的にはある程度柔軟にしておいた方が生産性は上がるような気がします。
一般論に囚われず、チームに合わせたルールメイクを行っていきましょう。