メール・コミュニケーションの弊害

メールは便利。だけど…

メールはとても便利なツールだ。

相手の時間を強制的にぶんどることもないし(好きな時に読んでもらえれば良いし)、証跡として残るし、送信した時間も表示されるし、むしろこれなしでどうやってビジネスを行えば良いのかわからないくらい便利な代物だ。

管理者としては、部下に指示をする時にメールを使うことも多いだろう。

リモートワーク環境においてもそうだし、時短勤務者がいたり、フレックスタイム利用者がいたりして、朝礼においてメンバー全員が一堂に会するなんてことは逆に少なくなってきているから、取り敢えずメールを使うなんてことは日常茶飯事でもある。

ただ、あまりにもメールを多用しすぎるとコミュニケーション上の問題が起きることも事実だ。

今日はそんなことを書いていく。

メールはコミュニケーションコスを増大させることがある

一番の問題点は、それを責任逃れの手段として使おうとする人がいる、ということだ。

言った言わないを避けるために、取り敢えずメール(文面)でのやり取りを過度に要求することがあなたの職場では行われていないだろうか?

口頭であれば秒で終わるようなことを、わざわざ「メールしておいて」という人は結構多い。

もちろん相手との関係性がある程度できていて、備忘の為にお願いする、というケースが確かにあることは事実だ(僕も忙しい時には確かに言ってしまうことがある)。

ただ、コミュニケーションの主客が転倒している(メールが主、口頭が従)ようであれば注意が必要だ。

オフィシャルなやり取りはメール(文面)で行ってくれ、というのは官僚制の特徴であるからだ。

そして官僚制においては、往々にして「官僚的な文章」が使われることになる。

霞ヶ関文学、とまではいかないまでも、どちらにもとれるような言い口、揚げ足を取られないような口調、みたいなもの(そして結局は何を言っているのかわからない文章)が多用されることになる。

こうしてコミュニケーションコストが増大する。

何も伝わらない文章(そもそも伝えることを第一義としていない文章)の氾濫

フランクな職場において、カジュアルなメールが職場内を行きかっているのであれば、こんなことは心配する必要はないのだろう。

ただ、組織が大きくなってきて、責任逃れを第一義に考える人たちが多くなってくると、メールでのコミュニケーションの弊害についてきちんと考える必要がある。

口語に比べて文語はそこに込められている文意(ニュアンス)を読み取ることが難しい。

音の感情のようなものがそこにはないからだ(これを埋めようとしたのが絵文字という発明なのだろう)。

そして、減点主義が跋扈するような職場においては、うっかりメールに記載したばかりに、それをエビデンスとして利用されることがある。

鬼の首を取ったように、それを使おうとする人がいる。

結果として、皆が自己防衛的になって、文章がどんどん難解になっていく。

玉虫色になっていく。

何も伝わらない文章。

そもそも伝えることを第一義としていない文章。

そして、「メールを送信した」という事実のみを以てして、自分の責任は果たした(相手が理解しているかどうかは関係ない)と思う人達が増加することになる。

あなたのメールフォルダが溢れているのは、そういう人達が責任逃れの為に発した、何の意味も持たないメールが多すぎるせいだ。

僕はそう思う。

メールは疑似コミュニケーション化してしまうツールである

コミュニケーションの要諦は、相手が理解しているかどうか、相手がそれによって行動を起こすかどうか、だと僕は思う。

言いっ放し、のことをコミュニケーションとは言わない。

それはただの声明に過ぎない。

ただ、メールはこれを「コミュニケーション化」してしまうツールなのだ。

一方的な言明を、瞬時に拡散(疑似コミュニケーション化)することができてしまう。

そして、「読んでいない方が悪い」「読み方が悪い」なんてことを言えてしまうツールでもある。

責任回避的メール送信地獄

新しいチームに着任した時に、1つの尺度として見るべきなのが、メールの「有意味性」だ。

自分のメールフォルダに送られてくるメールが、意味があるものなのかどうかを見れば、そのチームの健全度がわかる。

ただ自分が言わないことを以てして、その責任を感じるような組織(チーム)は明らかに健全ではない。

たぶん、「オレは聞いていない」というようなタイプのメンバーがいるのだろう。

かくして、不必要な事柄まで、いちいちメールで一斉送信されることになる。

さらにたちが悪いチームであれば、それについての応答をいちいち求められたりする(応答までいかなくとも、強制メール開封通知みたいなものがついていたらその時点で黄信号であると思う)。

責任回避的メール送信地獄。

書いているだけでうんざりしてくるけれど、上手くいっていないチームの特徴はこういうところに現れるものなのだ。

不必要なことをやめる

もしあなたがチームの生産性を上げたいと思うのであれば、不必要なことをやめる、というのが一番手っ取り早い。

やっている当人たちも不必要だと思っているのに惰性で続けている(そして誰もやめようと言い出せずにいる)、ということは驚くほど多い。

それを辞めるだけで、チームの雰囲気は格段に良くなる。

まずは不必要なメール送信をやめてみたらいかがだろうか。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

本文には書きませんでしたが、「CC地獄」というのも官僚的文化の特徴です。

何でもかんでも、取り敢えず関係がありそうな人はCCに入れておく。

そうやって、事前に「オレは聞いていない」というリスクを回避しておく。

こうやって、無限に(それこそ等比級数的に)受信メールが増えていきます。

組織全体の文化を変えることは難しいと思いますが、少なくともチーム内のコミュニケーションはメールをできるだけ使わないようにする(もしくは本当に必要な事柄に限定する)ことはできるはずです。

カフカ的世界からできるだけ逃れていきましょう。