ホウレンソウは不要

時代錯誤で父権的な「報告・連絡・相談」

「ホウレンソウ」という言葉がある。

「報告・連絡・相談」が企業のコミュニケーションにおいては重要である、という考え方だ。

基本的動作と言い換えてもいいかもしれない。

それこそ社会人に成り立ての時には、この3つをきちんと行いなさい、なんていう研修を受けた人も多いのではないか。

まあ言わんとしていることはわかる。

部下が得た情報を上司に「報告」し、会議等で方針が「連絡」され、「相談」に基づいて仕事を進めていく。

悪くない。

非常に組織的だ。

でも、これは時代錯誤である。

そして父権的である。

それについて今回は書いていこう。

大きな失敗が起こるリスクを最小化できる仕組み

マネジメントの立場からすると、「ホウレンソウ」というのはとても有難い仕組みだ。

部下が適切にこれを行ってくれるのであれば、マネージャーは部下の行動を全て把握し、管理することができるからだ。

情報がマネージャーに集まり、仕事をハンドリングすることができる。

部下が頓珍漢な行動をすることを未然に防ぐことができる。

全てはマネージャーの手の中で行われる。

とても素晴らしい。

仕事はコントロール可能なものとして進んでいく。

大きな失敗が起きる可能性を極小化することができる。

現代においては及第点すら取れない

減点主義が蔓延る会社においては、失敗しないことが何よりも重要な要素で、管理者としてそのリスクをできるだけ減らしたいという気持ちになるのはある種仕方ないことでもある。

ただ、それは「仕事をある範囲内に収める」ことと同義でもある。

そして現代においてはそれでは及第点すら取れない。

それは成果がマネージャーの力量以上になることはないことが1つ。

現場のリアルタイムな変化に対応できない(部下が自身で判断しようとしなくなる)ことが2つ目だ。

勝利の方程式

1つ目と2つ目はリンクしている。

昭和時代であれば、上司は絶対的に正しかった。

オールドエコノミーにおいては、昨日の延長線上に今日があって、明日があったからだ。

方程式に基づいて仕事を行っていれば、高い成果を出すことが可能であった。

現場からの情報をできるだけ早く経営中枢に報告して、その情報を元に集中的に投資を行い、それによって高い成果を上げる、という勝利の方程式があったからだ。

攻略本に基づいてRPGをプレイするように、それをなぞっていけば成功は約束されていた。

そういう意味では、部下に判断は不要であったとも言える。

部下は情報を捕まえてくるセンサーであれば良くて、その情報を自分で処理する必要はなかったのだ。

中央集権的なコンピューターに情報をインプットすれば、正しい判断が行われて、その判断に基づいて仕事をすれば、結果として最も効率的な仕事をすることに繋がったからだ。

父はいつだって偉大で正しかった

それは子供と父親との関係であったとも言える。

父はいつだって偉大で正しかった。

その手のひらの上にいれば絶対的な成功が約束されていた。

その意思に如何に忠実に従うかが部下の評価を左右していた。

軍隊的・体育会系的価値観。

それは全て終わったことだ。

上司の権威の失墜

現代において、父親は途方に暮れている

正解はなくなったし、成功は不確かになったからだ。

マネージャーの判断が絶対に正しいなんてことはなくて、本社の意向が大当たりすることなんてなくて、試行錯誤をしながら、一歩一歩進んでいくしかなくなってしまった。

そうして上司の権威は失墜していった。

上司の能力以上の成果を出せない「ホウレンソウ」という仕組みがワークしなくなっていった。

エッジコンピューティング的思考

そこで大事になるのが現場の判断力だ。

メンバーがリアルタイムに判断ができることがビジネスの勝敗を分けるようになっていった。

分散コンピューティング的、エッジコンピューティング的思考

ただ、そうは言っても一朝一夕で、いきなり部下が自分で行動な判断ができるようになるわけではないのが現実だ。

今まで判断というものを外部化してきたツケが回ってきて、日本企業は停滞し続けている。

それを防ごうと、マイクロマネジメントを強化しようとする時代錯誤的マネージャーもとても多いのが現実だ。

ホウレンソウではなく雑談を

ではどうするか?

ホウレンソウの代わりに何をすればいいのか?

それは(以前にも書いたことであるが)雑談だ。

ホウレンソウは全て上下の関係性に基づいて行われる。

上司が上にいて、報告され、連絡され、相談される。

それをやめる。

フラットな状態で、アイディアを出し合う形にする。

上司の意見はあくまでも1つの意見に過ぎなくて、それを有難がる必要は全くないのだ。

ただのブレスト。

アイディア出しの為の壁打ち相手。

それが現代のマネジメントになる。

「I」を主語にして話をする

では具体的にどのように行えばいいのか?

とても簡単だ。

自分はどう思うか、ということ(主語)を明確にして双方が話をする。

どのように感じるか、ということを大切にして仕事を進めていく。

それで大抵のことは上手くワークしていく。

雑談がきちんと行われていれば、会議はいらなくなるし、内向きのエネルギーを外向きに転化させることができる。

無駄なことを極限まで減らして、マネージャーはただ暇そうにしていればいいのだ。

雑談相手として面白ければ、それで十分なのだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

企業における様々な行動が、シュールなコントをやっているように思える時が僕にはあります。

ふざけたことをやっているのに、やっている当人たちは大真面目である。

そこに哀れな「おかしみ」がある。

それをそろそろやめるべきなのだと思います。

集団コントをやめて、できるだけ本質的な物事に注力する。

建前や体裁を整えることは最小限にする。

それだけで仕事は面白くなるし、パフォーマンスも上がります。

本音ベースで話をしていきましょう。