腕力はあった方がいい

UnsplashJohn Aranoが撮影した写真

部下をねじ伏せられる力

業種・職種によって違うのかもしれないけれど、こと営業に限って言うなら、腕力があった方がいい、そんなことを思う。

ここで言う腕力というのは、本来の意味での腕っぷしではなく(それもあるに越したことはないが…)、「部下をねじ伏せられる実力」のことを指す。

営業マン(ウーマン)の多くは、とても我が強く、自己主張も激しい。

プライドも高いし、「自分のやり方」にこだわりを持っている。

そんな中で話を聞いてもらうには、マネージャーにもそれなりの力が必要なのだ。

今日はそんなことを書いていく。

園長歴7年

僕は「動物園の園長」だと言われることがある(というか多い)。

曰く、部下達は「猛獣たち」で、それを手懐けながら仕事をしている、という訳である。

彼(彼女)らは、上司だからと言って話を聞くわけではない。

その上司が話を聞くに値する人物なら話を聞いてやるよ、そんなスタンスで仕事をしている。

もちろん組織には所属しているのだけれど、自主自立の気持ちが強く、個人事業主の集まりのような雰囲気。

そんな中で僕は「園長業」をもう7年もやっている。

素朴で乱暴な世界

アメとムチという言葉がある。

部下を動かすにはアメとムチが必要である、そんな文脈の中で使われる言葉である。

ただ、僕が仕事をしている実感としては、あまりこの言葉は適切ではないような気がしている。

アメとムチよりも、腕力。

「力があるものに従う」という、素朴かつ乱暴な世界。

そんなことを営業マネージャーをやっていて思うのだ。

「わからせる」必要性

これはパワハラ系であるということを指す訳ではない。

全くない。

先程の言葉で言うなら、ムチで人が動く訳ではないのだ。

もちろん表面上従ったフリはするだろう。

でも彼(彼女)は野生を失ってはいない。

いつ檻の中から反乱を起こすかわからないのである。

そこで必要なのは、単純な「戦闘力」みたいなもので、「この人には敵わないな…」と思わせることが重要なのである。

見せびらかす必要はない。

でも、時々は「わからせる」必要があるように感じている。

ヘラヘラ? No! パワハラ? No!

ヘラヘラしているだけではマネージャーは務まらない。

でも恐怖だけでは、能力を発揮させることはできない。

これは本当にバランスの問題で、ある適切なタイミングに適切な出力を行うことで、自分の腕っぷしを見てもらう、そんな感覚が大事なのだと思う。

本番で本当に力があることを証明する

僕は営業という仕事をしているので、実際に顧客と話をする場面がある。

基本的には部下に話を任せるのだけれど、明らかに敗色濃厚の時には、僕も話をする時がある。

その時に、自然と腕力が出る。

結果、嘘みたいな商談が成立したりする。

以前に書いた「若者は『現役選手』しか尊敬しない」という言葉と同様、営業マン(ウーマン)は実力がある人しか尊敬しない。

マネージャーをやっていると、それを部下に理解してもらう場面はそんなに多くない。

多くのマネージャーがプレイングマネージャー的になるのは、ある種必然で、この辺の腕力を見せつけたい、見せつけないと部下が言うことを聞かない、ということも関係しているのだと僕は思う。

練習試合ではなく、本番で本当に力があるのかを証明すること。

それができると、マネージャーの発言力というのは大きく変わってくるのだ。

同業務のマネジメントはやり易いが、シビアでもある

これは自分の仕事の領域のマネージャーをやっているからこそできることではある。

僕は他業務(畑違い)のマネジメントをやったことがないので、この手法を封じられた時にどのようにすべきかというのが具体的にはわからないのだけれど、それでも何とか通用するのではないか、と僕は思っている。

もちろん同業務のマネジメントの方が、実力を分かり易く示しやすい。

でも、同業務であるということは、部下もその力の測定が簡単とも言える訳で、その部下達に理解してもらうくらいの高い実力を備えておく必要があるとも言える。

畑違いのマネジメントであれば、その示し方がきっと異なるのだろう。

存在価値の証明

ただ仕事をしている以上、何らかの腕力を示す局面というのは訪れるはずである。

「営業」でなくても、「折衝」はきっとどの部署にいてもあるはずで、僕は「人と話す」「落としどころに持っていく」能力がたぶん人よりも高いと思うので、そこで「腕力」を示すことができるはずである。

そうやって自分の存在価値みたいなものを時々見せておく。

それが肩書を重んじなくなった現代におけるマネージャーに必要なことであるように思う。

常にトレーニングを

非常に粗暴な言い方にはなるけれど、「表出ろや!」と言われて、「そんなに言うなら仕方ないか…」としぶしぶ表に出て、その時だけ力を開放し、完膚なきまでに捻じ伏せて「参りました…」と言わせる、そんなイメージを僕は持っている。

「営業力」という筋トレを常にしておけば、こう言った場面が急に訪れても対処することができる。

マウンティングを積極的にする必要はないけれど、「お前の実力なんて大したことがない」「井の中の蛙である」ということを分かってもらうことが、その人の営業としての相対的な立ち位置を理解してもらう上でも重要なのだ。

今日は変な話になった。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

マネジメントに特化すると、営業ができないのではないか、と疑いをかけられる時があります。

何をご冗談を。

でも、これは割とあるあるで、プレイングマネージャーが往々にしてプレイに嵌ってしまうのにはこのような理由があるような気がしています。

このジレンマに耐えられるかどうかが、マネージャーとプレイングマネージャーを分ける分水嶺になります。

蓄積された鬱憤を時には晴らしていきましょう。