隠語にされたら終わり

アレ=優勝ではなく
今年は岡田監督のアレという言葉が話題となった(阪神ファンの方おめでとうございます)。
ここで言うアレは非常にポジティブな意味で使われているのだけれど、職場において使われる場合にはネガティブな意味合いを帯びることも多い。
そして、その対象がマネージャーに向いていることもそれなりに多くある。
「マネージャー=アレ」という隠語。
恐怖政治型(激情型)のマネージャーを指す言葉として、僕は何回かこの言葉を耳にすることがあった。
それは職場内において、その人の名前をそのままの形で出すことが憚られると思われているから生じる事象である。
もっと言えば、「○○マネージャー→あの人→アイツ→アレ」というような変遷を経て、そのような形に収まってしまっているのだ。
今日はそんな隠語化されてしまうマネージャーについて書いていく。
それでは始めていこう。
王様の言うことは絶対!
自分のルール通りにやらない部下はみんな敵。
やや極端な書きぶりではあるが、このタイプのマネージャーは結構多い。
そしてプレイヤー時代にはそれなりに優秀だった人も多い。
でも、である。
このタイプの人はマネージャーには向かない。
それも現代のような多種多様な人たちが職場にいる時代には向かない。
そのように思うのだ。
自分ルールの逆鱗ポイントが不明
このタイプのマネージャーは、どこがその「自分ルール」なのか、そしてどうしたらその自分ルールに抵触するのかが、部下側からは判然としないことが多い、ということも言い添えておく。
要は何をやったら逆鱗に触れるのかがわからないので、部下はマネージャーの顔色をうかがいながら、おっかなびっくり仕事をしているような状態となってしまうのだ。
ある日まで可愛がっていた部下を、次の瞬間から敵対視することなんて日常茶飯事である。
だからうかうか仕事をしていられないし、もちろん冗談なんてもっての外である。
そうやって恐怖政治的マネジメントを行っていく。
マネージャーがいる時といない時の寒暖差
部下は職場内において気が休まる場所はなく、常にマネージャーの一挙手一投足を気にしている。
それをマネージャーの側も当然だと思っている。
このような(冷え冷えとした)雰囲気の職場。
皆さんも思い当たる節があると思う。
そして、たまの休暇など、そのマネージャーが職場にいないと雰囲気が一気に緩み、非常に和やかな感じになる。
でも、戻ってくると、また同じような張り詰めた空気感になってしまう。
その中で、使われる言葉。
それがマネージャーを指す隠語である。
修復は不可能
そして、その隠語にも段階があって、冒頭に書いたように、あの人からアイツになり、果てにはアレというモノ扱いされるようになってしまう。
こうなったらもう修復は不可能だ。
速やかに職場から去るしかない。
でも、会社という組織はそれを見極めるのが極端に下手である。
恐怖政治型マネージャーは部下を統治できているから優秀?
マネージャーになって会社って不思議な組織だよなあと思う機会がとても増えたけれど、その中の1つに、この種の「恐怖政治型マネージャー=優秀」という考え方(勘違い)がある。
この種のマネジメントスタイルは、部下を統治できていると見なされることが多いようなのだ。
それはそのマネージャー自身がそう主張していることも関係しているし、実際に部下の動きを見ても、マネージャーの言う通りに行動しているように見えるからである。
もっと言えば、仮に調査が入ったとしても(360度評価のようなものもここに含まれる)、部下は否定するようなことを言うと後でバレることを恐れ、穏当な発言をしてしまい、結果その体制が温存されてしまうということがよく起こるのだ。
バレないように言葉は地下に潜る
とは言うものの、部下も人間である。
それなりに不満もあるし、それをどうにか表現したいとは思っている訳である。
結果出てくるのが、マネージャーの隠語化である。
表立って言うと目立ってしまう、でも何とか同僚とはその不満を共有したい、そのようなある種抑圧された環境下で出てくるのがこの種の隠語である。
それも「アイツ」では露骨過ぎるし、人であることがバレてしまうので、「アイツ」は更に変化をし、「アレ」というより抽象化された言葉になる。
もちろんそこには侮蔑的な意味も含まれている。
そうやって部下は留飲を下げているのである。
優秀なプレイヤー=優秀なマネージャーではない
本来的には、組織はその種のマネージャーを見つけ、適切な対処をしなければならない。
そしてここには「昇格=マネジメント業務を行う」というような、ある種硬直的な人事慣行が残存していることも関係している。
マネージャーという仕事は、プレイヤー業務ができる人が必ずしもできるという訳ではない。
でも、日本ではそのようなルートが大半である。
これについてはまたどこかで書こうとは思っているけれど、このような考え方が変なマネージャーがたくさん存在してしまっていることの原因の1つであり、日本の職場が何となく鬱々としている要因の1つであると僕は考えている。
少なくとも、隠語化されているようなマネージャーはマネジメント業務から外すべきなのだ。
何だかまとまりのない話になってしまった。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
降格のポジティブ化。
もしくは失敗した後のセーフティネットの整備。
日本のマネジメントのレベルを上げる為には、1度マネージャーを経験して上手くいかなかった人をどのように処遇するか、ということを真剣に考えなければならないと僕は思っています。
というのも、マネージャーに向いていないことが、仕事に向いていないとは限らないからです。
そういう人はプレイヤーとしてどんどん上に上がっていけばいい。
経験上、どちらもできる人は稀です。
再挑戦できるような環境を整備していきましょう。