キャラ変はほぼ不可能

ありのままで勝負するという覚悟を持つ
「マネージャーとプレイヤーは違う」「だからマネージャーらしく振舞うべきだ」というアドバイスはマネージャー就任当初によく言われることだと思う。
このアドバイスの内容はその通りで、プレイヤーと同じように仕事をしてしまうとマネージャーとしては成長が難しくなる。
プレイヤーの延長線上で仕事をした方が当初は結果が出やすいけれど、その後の伸びが止まってしまう、ということは心に留めておいた方が良い。
だからこれ自体は的確なアドバイスだと思うし、何の異論もない。
でもここで自分の人格と大きく離れたマネージャー像を演じようとすることは逆効果だ、ということを付け加えた方がより的確だと思う。
もちろんその自分の人格と離れたマネージャーをずっと演じきれるのであればそれで構わない。
ただ常人にはそれは不可能だ。
どこかで「地」が出てしまう。
その「地」と演じられたマネージャー像との乖離が大きいと挽回はほぼ不可能だ。
落胆がより大きくなってしまうからだ。
だから今回のアドバイスは、できるだけありのままの自分で勝負した方がいい、ということになる。
もう少し詳しく書くと、ありのままで勝負できるような環境を作っていく、ということになるのかもしれない。
「マネージャーデビュー」はやめたほうがいい
5年間マネージャーをやってきて思うのは、結局自分は自分でしかないということだ。
どれだけ背伸びをしてみても、聞き分けの良い人物になりきろうとしてみても、素の自分が顔を出してくる。
そしてその本性の部分を部下は的確に嗅ぎ取ってくる。
それはある種残酷な世界だと僕は思う。
元々の素養というか、育ちの良さというか、そういう徳性のようなものがマネージャーとしての仕事の質に大きく影響する。
いくら塗装で誤魔化してみても、メッキは剥がれてしまう。
それが僕が学んだことだ。
だから、これからマネージャーになる人には、この「(大学デビューならぬ)マネージャーデビュー」でのキャラ変はやめた方が良い。
昨日までの独善的なプレイヤーが急に善人なマネージャーになれるわけはないのだ。
上手く言えないのだけれど、その独善的なプレイヤーのスタイルを活かせるようなマネジメントスタイルを見つけるしかないのだ。
エゴイストでなければ一流のプレイヤーにはなれないけれど…
僕は思うのだけれど、プレイヤーとして一流になるためには、ある種のエゴイズムがなければ不可能だ。
そのようなエゴイストとしての本性がなければ、大成は難しい。
そして多くの組織においては、一流のプレイヤーの次のステップとしてマネジメントを経験させる。
でもここに接続の難しさが生じる。
一流のプレイヤーはそのエゴイズムと、自分なりのセンスによってその地位を確立しているはずだからだ。
そしてその新任マネージャーの下につくのは、自分から見ればどうしようもないプレイヤーばかりになる。
その至らなさ加減に絶望しそうになる。
ここでエゴイズムを前面に出そうとするとパワハラ系マネージャーに、よき善人を演じようとするとヘラヘラ系マネージャーに、それは進化していく。
どちらの道も適切とは言えない。
その間を見つけるしかないのだ。
「志向性」がマネージャーをマネージャーにしてくれる
ではどうするか?
人間性を向上させるしかない。
自分でできてもいないことを言っているけれど、本当にこれしかないと思う。
素の自分を良くする。
演じるのではなく、本当にそうなる。
そうなれないのであれば、せめてその方向に向かえるように意思を向ける。
だから自分がどうしようもない人間でもそこで絶望する必要はないと思う。
少なくともそのどうしようもなさを自覚していて、それを何とか向上させようとしていれば、部下はそれを認めてくれるからだ。
その「志向性」がマネージャーをマネージャーにしてくれる。
僕は最近そんなことを考えている。
下手に矯正しない方がいい
これは就任当初だけでなく、途中からのキャラ変にも当てはまる。
上司からのフィードバックや360度評価など、マネージャーは全方位からその資質を審査され続ける。
本当にそれが全部できるのは神様くらいなんじゃないか、と思えるくらい、みんな好きな勝手に言ってくる。
もちろんその指摘は指摘として厳粛に受け止めるべきだとは思うけれど、それを鵜呑みにしてそういう風にキャラクターを変えようとするのはやめた方が良いと思う。
良さも同時に失われてしまうからだ。
短所は長所の裏返しで、不完全性は人間味に不可欠であるからだ。
付け加えるなら、そんなことをしても元々の人間性は変わらないから、いつかボロが出る。
そしてその際の反動は、素のままで勝負しているよりも大きくなる。
「日頃の行い」をただひたすら繰り返してく
僕はいつも「日頃の行い」という言い方をしているけれど、この部分を少しずつでも向上させていくしか、マネージャーとしての成長はないと思っている。
半歩ずつをひたすら繰り返していく。
数々の失敗を繰り返しながら、その泥に塗れた道筋を振り返って赤面しそうになりながら、前に進んでいくしかない。
自己嫌悪と自己卑下と後悔の先にしかマネージャーの成長はない。
自戒と謙虚さを抱えながら、日々の仕事を繰り返していく。
劇的なものなんてない。
急転なんてものはない。
ただ地味な日々の繰り返し。
でもその足跡は必ず君の糧になってくれる。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
身も蓋もない言い方になってしまいますが、その人の素質によってマネージャーの限界は既に決まっている(努力によってどうにかできるものではない)、と僕は考えています。
ただそこで絶望してしまう必要もないとも考えています。
プレイヤー時代にも思ったことですが、一流でなくとも「それなりに」活躍することは可能です。
でもその為には自分という人間と向き合わなければなりません。
かりそめの自分を無理やり矯正しようとするのではなく、そのままの自分のどこが長所なのか、それを活かすためにはどのような環境を作ればいいのか、という方向に考えることが肝要です。
不完全さに身悶えしながら、マネジメントを楽しんでいきましょう。