仕事の質とその対価

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リスクヘッジとしてのマイクロマネジメント

僕はマイクロマネジメントが嫌いである。

でも、多くのマネージャーは(好むと好まざるとに関わらず)マイクロマネジメント的に仕事を行っている(ように見える)。

これはリスクヘッジの為だろう、と僕は思っている。

管理職は部下の責任を負う仕事である。

でも部下の仕事というのは制御できない(しきれない)。

だから、できるだけそのリスクを減らしたいと思う。

それは理解できる。

でもあまりにも部下の管理が行き過ぎるとマイクロマネジメントとなる。

そして、そこには当然ながらコスト(対価)が発生する。

このバランスを取るのがマネージャーの仕事であるのに、そうではなく、リスクヘッジにのみ心血を注いでいる人がとても多い。

今日はそんな話をする。

質を高めれば、コストも増加する

資源は有限である。

その資源を如何に効率的に配分するか、というのが仕事の本質である。

そして反対サイドにはコスト(サンクコストも含む)が発生する。

質を高めれば、それに伴う対価は増えていく。

結果として、コストパフォーマンスが低下することになる。

「ありもの」で戦うしかない

これはマネジメントにおいても同様である。

限られた人員と限られたその人員の能力において、いかに効率的に組織目標を達成させるか。

そこにマネージャーの手腕が求められる。

ないものねだりをしても仕方がない。

「ありもの」で戦うしかないのだ。

完璧なんてない

以前にも書いていることではあるけれど、仕事には慣性の法則が働き、かつ自己増殖する傾向にあるので、「引き算のマネジメント」を行うことが重要である。

できるだけやることを増やさない(それでも増えてしまうのだが)のがセオリーである。

でもそれを許せないタイプのマネージャーは一定数(かなりの数?)存在する。

完璧を求めたがる、というか。

何でもかんでも高得点が良いとは限らない

僕は仕事の質は程々で良い、と考えている。

というか、大事なのはそのバランスであって、必要以上に時間や体力をかけたとしても、それが成果に結びつくか(直結するか)は別問題である、という考え方を持っている。

テストの点数の例えがわかり易い(使い古された例えではあるが)。

ある生徒のテストの点数を、50点から60点に上げることはそんなに難しくない。

でも元々80点の生徒のテストの点数を90点に上げることは難しいし、元々90点の生徒の点数を100点にするのはとても難しい(同じ10点の上昇ではあるが)。

というか、体力(コスト)と合わなくなる。

これは仕事においても同様である。

必要以上の体力を掛ける必要はないのだ。

仕事には色々とあって、60点の仕上がりで良いものと、80点の仕上がりを求められるものがある。

そのどちらに対しても、90点以上の成果を出そうと頑張っている担当者やマネージャーはとても多いと感じている。

ほどほど、というのが許せないのかもしれない。

マネージャーが仕事の質をコントロールすべきなのでは?

そのような個人的な価値観は好きにすれば良いけれど、マネージャーとしてそれを部下に求めるのはどうなのか、と僕は思っている。

意識しているかどうかは別として、部下の仕事には対価が時々刻々とかかっている。

何をさせるとしても、そこにはコストが発生している。

それに対して、高い質を求めるかどうか(取捨選択)は、ある程度マネージャーが判断すべきである(と僕は思っている)。

何でもかんでも高い点数を出そうとすることが良いことであるとは限らないのだ。

そしてこれを強要するのがマイクロマネジメントなのである。

もっと言うと、そのマネージャーを満足させるような水準まで持っていく為に、勤務時間を超えて働くというのが、ブラック企業の初期段階であるのだ。

僕たちは自分達の首を自分達で絞め続けている

日本のサービス水準が高い、というのは多くのこのようなブラック企業的サービス残業から生じており、それがサービス業の低生産性に繋がっている、ということに皆ももっと気づくべきである。

僕たちは自分達の首を自分達で絞め続けている。

消費者として高いサービスを受けたい気持ちはわかるけれど、それは自分が働く立場になると逆に跳ね返ってくる。

それをもう少し自覚する必要がある。

能力のなさを部下に押し付けるなよ

これは「上手に手を抜く」ということなのだと僕は思っている。

全部に全力を注ごうとするのは不可能であるし、いつかガス欠する。

そんな当たり前のことを、僕たちは簡単に他者に求めようとするし、求められても「まあそんなものかな」と思ったりする。

仕事には対価が存在する。

その当たり前の事実ときちんと向き合って、高いサービスを得たいのであればそれなりの対価を支払うべきなのである。

これは仕事でも同様である。

マネージャーが高い成果を部下から求めたいのであれば、それなりの対価を提供するしかないのだ。

それができないのに、サービス残業や休日返上などでそれを強要するのは間違っている。

言い方は厳しくなるが、それはマネージャー(経営層を含む)の能力が足りないのである。

全力は不要だ

何度も言うが、大事なのはバランスである。

その軽重の付け方である。

マイクロマネジメントや、全てに全力を注がせることは、優れたマネージャーの証明には全くならない。

それを肝に銘じて仕事をしよう。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

一生懸命信仰、みたいなものをそろそろやめるべきではないか?

僕はそんな風に考えています。

頑張っている奴が(無条件で)偉い、ということはありません。

「適切に」頑張ることが偉いのです。

上手に手を抜くことは、上手にコストを削減することと同義です。

牛丼屋に高給フレンチと同等のサービスを求めるのは馬鹿げています。

手を抜くことにもう少し寛容に生きていきましょう。