テレワークの方が生産性が低いって?

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テレワークを監視する管理者がいるらしい

経済産業省が2021年2月に発表した調査によると、在宅勤務の方が生産性が低いと回答した労働者は82%にのぼる、とのことである。

調査時期がやや古く、「慣れ」の問題等はあるにせよ、「やっぱりね」というのが僕の感想である。

やっぱりね、というのは、「そうだ! みんなオフィスに集まることが生産性の向上には必要なのだ!」であるとか「日本人は集団で働く方が知恵が出るのだ!」とか、そういうことではなくて、生産性向上を阻害する要因がこれだけあれば、そりゃ生産性は上がらないよね、という意味である。

どうやらテレワークを「監視する」管理者がいるらしい。

在籍確認や朝夕礼時の点呼、アクセスログの確認など、本気でやっている会社があるらしい。

うんざりするような話だけれど、今日はそんなことを書いていく。

通勤時間は勤務時間に含まれないのか?

上記した調査を精査していないので何とも言えないけれど、僕がまず疑問に思ったのは、「通勤時間は生産性を算出する算式に含まれているのか?」という点である。

「オフィス勤務vsテレワーク」という図式ではなく、「オフィス勤務(通勤時間含む)vsテレワーク」というのが正しい構図であると僕は思っている。

そして通勤時間というのは片道1時間としても毎日2時間ある訳で、8時間勤務をベースとすると、分母が8なのか、10なのかで生産性の概念も大きく変わるはずである。

裏を返せば、通勤時間がないだけで、2割程度生産性は向上する(下駄を履かせられる)ことになる。

もちろん、「通勤時間は勤務時間に含まれない」という謎の概念があるので、実際にはこうはならないのだけれど、僕はそれだけでもテレワークには意味があると思うのだ(通勤ラッシュに巻き込まれて心身共に疲弊するという質的な要素が更にプラスに働くだろう)。

テレワーク=サボっている?

これがまず1つ。

次は「監視」についてである。

冗談のような話だけれど、テレワークを監視しているマネージャーが結構な割合でいるらしい。

これは本人の意思とは関係なく、会社から指示されているのかもしれないけれど、僕からしたら驚愕の話である。

どうやら「テレワーク=サボっている」と一般的には思われているらしい。

ナンセンスだ。

というか、「サボったっていいんじゃない?」と僕は思うのである。

大事なのは成果

いつも言う話で恐縮だけれど、大事なのは「成果」である。

アウトプットが水準に達していれば、途中経過は関係ない。

これはクリエイティブな仕事に限らず、想像して頂ければ簡単にわかる話だと思う。

うんうん唸りながら机に齧りついて何も産出しない人よりも、散歩したりブラウジングしていたとしてもアウトプットのレベルが高い方が望ましい。

それを「真面目に頑張っていない」とか「だらけている」とか言うのは、ちょっと考え方が古臭いと思う。

ましてや、マネージャーがそれを「監視」したとして、「成果」は向上するのだろうか?

向上するなら、やればいい(きちんと検証した上で)。

向上しないなら、やめてしまえばいい。

それをきちんと確かめもしないで(エビデンスもなしに)、「雰囲気」だけでやろうとするところに僕は疑問を感じるのだ。

日本社会の縮図

この話を読んで気鬱になったのは、何というか、日本社会の縮図だな、ということを感じたからである。

僕の会社においても、コロナ禍の初期にテレワークが本格的に導入された時に、「朝夕礼を行い点呼を行う」ということを誇らしげに言うマネージャーが続出して、それを全社的に奨励するみたいな動きがあった。

僕は断固として応じなかったけれど、あの雰囲気が日本社会には依然としてあって、それを本気で良いものだと信じているようなので、本当に参ってしまった。

性悪説が諸悪の根源

勘違いして頂きなくないのだけれど、テレワークにおいてはコミュニケーションが希薄になりがちである、というのは事実としてあって、それを埋めるために朝夕礼は顔を合わせよう、という考え方は決して悪いものではないと僕も思う。

でも、同じことをやるとしても、根っこのところに「性悪説」があって、「管理者は部下を監視してしかるべきだ」「そうでもしないと部下は怠けてしまってロクなことにならない」という思想があるのが僕は嫌なのである。

そういえばリモート飲み会ってありましたね…

もう1つ加えると、「リモート飲み会」みたいなものをやることによって、「ウチのチームは仲良しです!」という雰囲気を出す風潮にも僕は嫌気がさしていた。

別に「リモート飲み会」なんて勝手にやればいい。

それを強制し、同調させようとする雰囲気がとても嫌なのだ。

長所を潰せば生産性が上がるはずがない

折角のリモートワークの長所を完全に帳消しにするような行動がこれだけあれば、そりゃ生産性は上がらない。

いつだって監視されていて、見たくもない上司に在籍確認までさせられて、飲み会も行われる。

これではただデスクが家に移動しただけである。

自らの首を絞めるのはもうやめません?

いつも言う話であるが、僕たちは僕たち自身で働く環境を悪化させていることにもう少し自覚的であるべきだ。

自縄自縛というか、誰に言われた訳でもないのに、自らの首を絞めに行くような行動を慎むべきだ。

それはリモートワークに限った話ではないけれど。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

仕事というものを本質的に考えた時に、アウトプットで評価されるのがスタンダードで、時間で評価されるのはイレギュラーだと僕は思うのですが、多くの人にとってはそうではないのでしょうか?

自営業を想像して頂ければわかると思うのですが、ただ時間を過ごしていたって、何の金にもなりません。

アウトプットがあって、初めて金になるわけです。

僕たちサラリーマンも、もう少しそのことに自覚的であるべきです。

リモートワークの議論は、日本社会の嫌な部分を凝縮した話だな、と思っています。

プロセスは、アウトプットが伴わなければ無価値です。

成果を出していきましょう。