パワハラは安易

羨ましい。ああ羨ましい。

パワハラ型マネージャーを見ていると「楽でいいなあ」と思う。

部下に怒鳴り、具体的な方法を示すこともなく、「なぜできないんだっ!」「やれっ!」と言っていればいいので、とても楽そうに僕からは見える(ストレス発散もできるだろうし)。

ああいうマネジメントが許容されるのであれば、僕だってやってみたいと思う。

ただ、僕の場合は、多少なりとも羞恥心と自尊心があるので、あそこまでは絶対になれない。

もちろん企業によって、パワハラの許容度合いというのは異なるのだろうし、ご時世的にだんだんと肩身が狭くなってきているのかもしれないけれど、少なくとも僕が見聞きする範囲においては、まだまだ彼らは元気であるし、相変わらず怒鳴り散らしている(往時の勢いはなくなったようには見えるが)。

そして日本社会(日本企業)においては、どちらかというとそれはポジティブに捉えられている。

今日はそんな話だ。

たぶん僕が入ったのは軍隊だったのだろう

階層型組織においては、上位者は下位者よりも「偉い」。

だから上位者は下位者に対して多少尊大な態度をとっても「問題ない」。

そんな風に考えているマネージャーは多い。

そして往々にして、そのマネージャー自身も、自分の上位者からそのように扱われていたりするものである。

パワハラの連鎖。

というか、そのような形の「指導」こそがマネジメントである、と心から信じ切っている人というのは(死ぬほど)多い。

僕が入社したのは軍隊だったっけ?

流石に最近はそうは思わなくなったけれど(たぶん感覚が麻痺したのだろう)、入社してから数年はそのように思っていた。

部活型マネジメント

以前にも書いたことかもしれないけれど、これは学生時代からの流れをいつまでも引きずっていることがたぶん関係している。

部活型マネジメント。

4年生は神様です。

僕はこういう風潮にうんざりしながらも、一方で「いいなあ」と思っている。

あんな風に自分以外の誰かのせいにして、自分は悪くないことを声高に叫んでいて、それを一ミリも恥ずかしいと思わないという心のありようが、心底羨ましい。

恐怖型マネジメントの成功体験とその連鎖

「詰める」という言葉がある。

これはビジネスで一般的に使われるものなのかはわからないけれど、僕の周囲では部下を「追い込む」「自責だと認めさせる」みたいな意味合いで使われている。

自分は安全圏にいて、成果が上がらないのは部下の「自己責任」であると表明すること、そして自分はその「できない部下」を熱心に指導している素晴らしいマネージャーである、というスタンスでいること、を表す。

「マネジメント=詰めること」だと思っているマネージャーは本当に多い。

というか、それ以外の方法がわからないのだろう。

そして、部下は部下でこれを当たり前のものだとして受け入れて、恐怖に怯えながら仕事をするので、実際に(短期的には)成果が上がるのだ。

(これは普段から全力を出していない部下側にも問題がないとは言えないと僕は思っているし、それについては何度も言明しているので、今回は捨象する)

成功体験を得たパワハラ型マネージャーは、それをひたすら繰り返す。

そして大抵は高い成果を残し、昇進していく。

結果として組織はパワハラ型マネージャーで埋め尽くされる。

素晴らしい。

素晴らしい。

外を見ませんか?

「いやいや、成果が出ているのであれば、何の文句があるのだ?」

そういう声が聞こえてくる。

ちょっと待って欲しい。

ここで言う成果というのはどの程度のものを指すのだろうか?

僕が聞く限り、それは企業内部での相対的な尺度による成果に留まっているものが殆どである。

そして彼らの言う「高い成果」によって、僕が務めている会社は競合企業に負け続けている。

素晴らしい。

素晴らしい。

井の中の蛙。

その中での足の引っ張り合い。

そりゃ、いつまでも停滞し続けている訳だ。

マネジメントの概念そのものを変える必要があるのでは?

もう少し大きな話で言えば、日本全体がそのようなマネジメントを行っていることによって、他国に負け続けている訳だ(それは何も企業に限ったことではなく、経済全体・政治全体にも言えることだと思う)。

僕はこの流れを変えたいと常々思っている。

多勢に無勢であることは重々承知している。

でも、だ。

誰かがそれに抗わなければ、何も変わらないのだ。

甘くはないんだけどな

僕は入社してからずっと、このようなパワハラ型マネージャーの下で働いてきた。

面従腹背すらもせず、露骨に嫌な顔をしながら、ただ淡々と成果を出し続けることで、その圧力から何とか生き延びることができた。

それをマネージャーになっても続けていくだけである。

僕が不思議なのは、部下の状況(ライフプランやメンタルコンディション、キャリアの展望などなど)を考えながら、その人の現時点での最大限の力を出そうとすることは、「甘い」と見なされることである。

もっと激しく詰めることが彼らのお好みなのだろう。

僕はそれに与しない。

はっきり言って、パワハラ型マネジメントには限界があるし、持続可能性はないし、短期的にも彼らを凌駕することは可能であるからだ。

僕はそれを成果で示していこうと思う。

1人でも多く仲間になってくれたら、こんなにありがたいことはない。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

感情のマネジメント、ということを最近よく考えています。

多様性の時代、というのは簡単ですが、本当に部下1人1人状況が違うことを理解して、その時々の感情に配慮したマネジメントを行っている人はとても少ないように思います(もちろん僕だって完全に出来ているわけではありません)。

効率性や専門性や生産性、みたいな話は今風で、ロジカルだし、反論の余地はないのですが、僕たちは感情を持つ動物であって、そのメンタルケアというのも重要な仕事であると僕は思っているのですが、どうやらそうではないようです。

何を甘っちょろいことを、みたいなことを言われてばかりです。

僕は成果を出し続けることで、その論調を変えたいと思っています。

ご賛同頂けたら幸いです。