マネジメントを科学する?

サイエンス的なマネジメント論への違和感

最近サイエンスとアートということをよく考える。

これはサイエンス「か」アート「か」という二者択一ではなくて、そのバランスをどうやって保っていくかがマネジメントにおいては重要である、ということだ。

機械論と生物論と言い換えてもいい。

「きっちり」と「ゆるい」と言ってもいい。

「論理」と「直感」でもいい。

表現方法は様々だ。

そしてその中で思うのは、もう少しアートの比重を高めてもいいのではないか、ということだ。

それは裏返せば、サイエンス的なマネジメント論に違和感を抱いている、ということになる。

世の中の事象を説明可能なものとして解き明かしていきたいという想いは僕にもとてもよくわかる。

数値化したり、抽象化したり、一般化したりして、誰から見ても「そういうことね」というような形で提示していきたい、という考え方には共感すらする。

たぶんそれを科学というのだろう。

そのような科学的態度というのは人類の発展に必要なことだったし、これからも必要であり続けるだろう。

でもことマネジメントにおいては、それを主張過ぎると本質を見失うような気がしている。

還元論的・因数分解的アプローチ

例えばKPIという考え方がある。

これは Key Performance Indicator(重要業績評価指標)の略で、目標を達成させる為に重要なパフォーマンスを測定するものと定義される。

営業活動で例えるなら、訪問件数とか成約件数とか、そういったものとなる。

営業目標を達成する為の活動を分解して、数値化する。

そしてそれを改善するためにはどのようにすべきなのかを考える。

これがKPI的(還元主義的・因数分解的)なアプローチ手法だ。

この考え方自体は決して間違ったものではないと思う。

でも営業を長くやってきた人間からすると、少し無味乾燥な感じがする。

(もう少し辛辣な言い方をするのであれば、KPIが営業において大事だと言っているマネージャーはたぶん自分で営業をしたことがないか、少なくとも営業マンとしてスペシャルではないということを示していると思う)

KPIが改善されれば目標は達成されるのか?

例えば、営業成績が上がっていない部下がいるとして、その行動があらゆる角度から数値化されているとする。

訪問件数も少ないし、成約率も低い、とする。

KPI的なアプローチで言うと、なぜ訪問件数が少ないのか、それを増やす為にはどうしたらいいのか、ということを考えていくことになる。

そしてそれが改善されれば、営業成績も上がることになる。

平たい言葉で言うなら、「もっと訪問しろよ」「訪問していないから成約できないんだよ」ということを指摘したり指導したりすることがマネジメントになる。

でも、僕が思うのは「本当にそうなのか?」ということだ。

というか、「仮にそれらの数字がパーフェクトなものになったとして、目標を達成することは可能なのか?」ということだ。

還元主義は一方通行だ(双方向性はない)

上手く説明できるかわからないけれど、営業活動を分解して数値化するという方向性は成り立つけれど、その逆は成り立たないのではないか、と僕は考えている。

矢印に双方向性はないのではないのか、と僕は考えている。

営業活動(人間)はプラモデルではない。

プラモデルは一回作ったものを部品ごとに還元することはできるし、それを組み上げれば同じものができる。

何度でも。

でも人間はそうではない。

部品に還元したものを再構築すると、それは全く違うものになる。

人間「風」ではあるけれど、そこには失われたものがある。

「魂」みたいなものがない。

これがKPI的なアプローチが決定的に間違っているところだと僕は思う。

数値を上げることが目的になってしまう

数値化するというのはとてもわかりやすいし、それを改善していくというのは何というか、前に進んでいる感じがするから心地よい。

でもその数字を改善したからといって目標が達成される訳ではないし、そもそもそこから零れ落ちたものに重要性があるかもしれないということに気付くことができない。

もう少し詳しく言うと、「数値」というものが目的化してしまうことで、本質を見失ってしまう。

部品ごとの相互作用や、最後の魔法(アート)みたいなものも考慮されていない。

(これは人間の脳を分解していけば思考というものが理解できる、そしてそれを組み上げればコンピューターも人間のように思考することができるようになる、というような思想に近いものだと僕は思う)

失われた隙間を埋めるのがアートだ

確かに「感覚」というのは不定形で、無責任な議論になりがちだ。

アートは言語化が難しいものであるのも事実だ。

でもそれがなければ、マネジメントに息吹を吹き込むことはできない。

人間の行動を還元していって、そこに疑問を持つこと、それを改善させていくこと(サイエンス)は必要な行為だ。

でもそれを組み上げていった時には失われるものがある

そしてその失われたものを埋め合わせるのがアートである。

最初に言ったように、それは二者択一のものではない

その両方のバランスを取ること、それがマネジメントだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

僕がサッカーというスポーツが好きなのは、「サイエンス+アート」という要素があるからです。

近年においてサッカーはサイエンス化がとても進み(選手毎の走行距離やスプリント回数などが数値化されるようになった)、それに応じて戦術がより緻密に組み立てられるようになりました。

でもそれだけでは試合に勝つことはできない。

勝敗を分かつのは、アートです。

だからといって、何でもかんでも選手の自主性に任せるというのは違いますし、あくまでも大事なのはその両者を組み合わせるバランスだということです。

これはマネジメントにおいても同様で、規律と自由をどのように組み合わるか、が現代におけるチーム作りには欠かせない、という議論に繋がってきます。

マネージャーの個性によってそのバランスは変わってくるとは思いますが、やや数値化(サイエンス化)に寄っているような気がしたので、今回はこんなことを書いてみました。

参考になるところがあれば幸いです。