心の傷(トラウマ)の話が出たら部下との関係性は問題なし
時に何故か地下にいる時がある
僕は毎週1on1をやっている。
そんなことを繰り返していると、自分の天職はカウンセラーなのではないか、と思う時がある。
部下の心のヒダのようなものに到達した際、そう思うのである。
それは別に狙ってやっている訳ではない。
話の大半は仕事に関することで、もちろん時々脱線はするけれど、カウンセリング目的の対話をしている訳ではない(当たり前だ)。
でも、ある種の深い話をしていくと、自然とそのような展開になることがある。
そんな時にふと部下の方から心の傷(トラウマ)に関する話が出てくるのである。
例えば過去上司にいじめられていたとか、同僚から嫌われていたとか、まあそんな類の話だ。
たぶん通常の仕事上の付き合いでは聞けないような話。
デスク周りでは出ることのない話題。
そのようなものが部下から開示されたら、たぶんあなたのやっているマネジメント(部下との関係性に関する分野)は問題ない。
今日はそんな話である。
それでは始めていこう。
部下との関係性は普通でいい
「部下との関係性は普通でいい」
これが僕がマネジメントという仕事をするにあたってモットーにしていることだ。
別に部下と仲良くなる必要なんてない。
僕はそのように考えている。
「仲良くなろうね」アプローチ
マネジメントが上手くいかない時、時々ではあるが、「仲良くなろうね」というアプローチ方法を取る者がいる。
もう少しレイヤーを上げるなら、組織開発的な話が出た際(例えば従業員エンゲージメントが低いが、どうしたらいいのだろうか? というようなこと)、このような動きが出ることがある。
まあ考え方はわからなくはない。
「部下との関係性を緊密にすることで、チームや組織への帰属意識が高まり、仕事の成果も上がるのではないか?」
そのような方向性の話。
I hope so.
僕はこの手の話が出た時、「本当にそうなれるならいいよね」と思ってしまう。
本当の意味で、上司と部下、組織内構成員の仲が深まり、悪いことも含め忌憚なく色々なことが話し合えるようになれば、組織のパフォーマンスは上がるだろう。
でも、それって実現不可能だよね、と僕は考えている。
少数のチームだって難しいのに、組織全体がそうなるなんて絵空事だよね、と僕は思ってしまう。
そして、このような話の取っ掛かりとして、「心理的安全性の確保」ということが語られることが増えた。
言っていることはわかるし、そうであったらいいよね、と僕も思う。
でも、組織内で、それも「日本企業」という組織内で、心理的安全性を確保することは至難の業であると僕は思う。
己を曝け出すなんて、危なっかしくてできるはずがない。
そのように感じてしまう。
「1対多」よりも「1対1」を
では、なぜそのような考え方を持つ僕が、今日のテーマのような話を書いているのか?
それは「部下との関係性」という概念は、「1対多」ではなく、「1対1」の方がイメージしやすいし、実現可能性もあると僕が考えているからである。
もちろん、冒頭にも書いたように、狙ってそのような状態を作ろうとしている訳ではない。
ただ繰り返していると、何となくそういう話になってしまうだけのことである。
でも、そのようなことがマネジメントという仕事においては重要だと僕は思うのだ。
結局、一緒?
以前であれば、この種の話は、居酒屋にて、それもだいぶ酔っ払った段階で吐露されるものだったように思う。
ただ、そのような機会はコロナ以降、特に激減してしまった。
そして、同時に、デスク周りの話をしているだけでは仕事の成果が大きく上がるというのも考えにくい、と僕は考えている。
と、ここまで書いてきて、結局僕がやっていることは「仲良くなろうね」アプローチに近いものと言えなくもないのではないだろうか、と思ってきた。
大きな枠組みで言うなら、そうかもしれない。
でも、方向性の違いというか、進み方の違いみたいなものはご理解頂けると思う。
多くの人と一気に仲良くなろうとするアプローチと、1人1人潰していくアプローチ。
僕は後者の考え方を持っている。
そして、必ずしも仲が良くなくてもよいとも思っている。
大事なことは、心の深い部分をなぜだか話してしまう、そんなつもりはなかったけれどそうなってしまった、そのような流れというかイメージであるように僕は捉えている。
別に僕個人と緊密な関係を築く必要はない。
仲良くなる必要はない。
たまたまそんな展開になってしまった、そこに課長がいた、そんなことでいいのだと思うのである。
少なくとも、関係性が悪いという状況ではこういうことは起こり得ないから。
仲良くはならないままだけど
深い話が出たとて、僕は別に部下と仲が良い訳ではない。
付かず離れず、相変わらずの距離感を保ったままである。
でも、部下が上司に話を聴いてもらいたいと思う時に、そこに上司がいるというのは重要なことでもあると思うのだ。
トラウマを解決することはできない。
でも、そこに想いを馳せたり、理解することはできる。
そのような繰り返しによって、チームというのは出来上がっていくのだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
仲の良さよりも信頼できるかどうか。
本文を纏めるなら、こういうことなのかなと思っています。
戦場で背中を預ける時、大事なことはその人との仲の良さではなく、信頼度であると僕は思っています(もちろん、これらが両立することはあり得ます)。
好きでなくても、仲良くなくても、信頼できることが上司にとっては重要です。
下手に媚びを売ることなく、誠実に仕事をしていきましょう。