数値化の罠

数値化は単純化の罠に陥りやすい

僕は「根性至上主義」が嫌いだと常日頃から言っているけれど、一方で「数値化原理主義」もどうなのかなと思っている(この2つがそもそも対立構造なのかはさておいて…)。

「数値化原理主義」というのは僕が今思いついた造語で、「何事も数値化して表現しなければ気が済まない」思想のことを指す。

KPIなどの業績指標の可視化という方向性については賛成ではあるけれど、「何事も数値化しなければ評価に値しない」というのはちょっと行き過ぎであるような気がしている。

数値は数値(データ)でしかなくて、そこに「解釈」を加え、「判断」を行うのが僕たち人間の仕事であるはずなのに、どうも数値が独り歩きし過ぎているように思えるのだ。

数値化は正しいけれど、単純化という罠に陥りやすい。

今日はそんなことを書いてみる。

エビデンス・ベースド

エビデンス・ベースド(evidence-based)という言葉が市民権を得てから、何かにつけて「エビ」を求める人たちが増えている。

二言目には「エビは?」ということを言ってくる。

それ自体は必ずしも悪いことではない。

僕も「感情(根性)」よりは「エビデンス」の方が圧倒的に好きであるから。

でも、何でもかんでも「エビデンス」となってしまうのもちょっと違う気がするのである。

相関関係と因果関係

これは「相関関係と因果関係の履き違え」みたいなものとも繋がってくる。

「データ」というのは、「相関関係」を示すのには有効な手段である、と僕は考えている。

でも「因果関係」にあるとまでは言えない、というが実際のところだと思うのだけれど、それをごっちゃにしている人が多い気がするのだ。

因果に結びつけるには解釈が必要となる

例えば、「気温とアイスクリームの売上」には相関関係があると言える。

気温が高い時にはアイスクリームの売上が多く、気温が低い時にはアイスクリームの売上が少ないだろう。

でも、これだけでは因果関係があるとまでは言えないと僕は思っている。

例えば、今夏は猛暑になると予想されているとする。

因果関係があるなら、アイスクリームの売上は物凄く増えるはずである。

だから営業部隊として、「アイスを売りまくれ!」という指示が来るわけだ。

でも、あまりにも暑いのでアイスクリームではなく、カキ氷が売れるということも起こり得る、と僕は思うのだ。

もしくは暑すぎて人々の外出が控えられて、アイスクリームもカキ氷も売れない、なんてことも起こるかもしれない(クーラーが効き過ぎた環境の中では、暖かいものが求められることだって起こり得る)。

あくまでも、相関関係は状態や傾向を示しているに過ぎないのである。

そこから「因果」に結びつける為には、「解釈」や「判断」が必要となる。

手数が増えれば、売上が上がる?

この「相関関係」=「因果関係」みたいな勘違いが「数値化」にも言えると僕は思っている。

例えば、営業課であれば、アプローチ数や商談数みたいなものがKPIとして掲げられることがある。

確かに、「アプローチ数や商談数が多ければ、売上が高い傾向にある」とは言えるだろう。

でもこれは「相関関係」である。

これと「アプローチ数や商談数が多ければ、売上が(必ず)上がるというのは大きく異なるのである。

それをきちんと理解した上で、マネージャーはメッセージを発しなければならないのだ。

ちょっとした、でも大きな違い

しかしながら、「数値化原理主義」たちは、これは当然の因果であるかのように話すことが多い。

そしてアプローチ数や商談数が低いことをやり玉に挙げて、「なんでこんなに件数が少ないんだ!」と糾弾する。

「だから成果が出ないのだ!」「もっと当たれ!」と批難する。

この違いがわかるだろうか?

単純化することへの問題意識は必要だ

僕は「手数」と「成果」には相関関係があると思っている。

でも、因果関係があるとまでは言えないと思っている。

手数が少なくても成果が高い営業担当者は腐るほどいるから。

そして、そこにはバイオリズムも関係しているから。

これを理解せずに、営業というものを単純化かつ普遍化して、万人に同じようなやり方を求める、というのは大きな間違いである。

感情を入れると、データは濁る

もちろん程度問題ではある。

でも「数値化こそが善」「数値は嘘をつかない」というのは安易すぎると僕は思うのである。

それは一つの「データ」に過ぎない。

「データ」というのは無味無臭である。

だからこそ分析の際に役立つのである。

でもそこに感情や思い込みや願望を入れてしまうと、データが濁ってしまう。

これをきちんと分けて話をするべきなのである。

データとアート

これはサッカーでもそうなのだけれど、ボール支配率やパス成功率、スプリント回数(距離)が高いチームが必ずしも勝つ訳ではない。

勝つ傾向が高い、とは言える。

でもそれだけでは不十分だ。

アタッキングサードにはアートが必要なのである。

この「データ」と「アート」のバランスをどのくらいにおくかがマネージャーの腕の見せ所で、そこにはマネージャーの価値観や思想も関係してくるので、一概にどちらが正しいとは言えないけれど、現在はやや「データ」に偏り過ぎていると僕は思うのである。

「感情」を脱したマネージャーが、「数値」に縋りたい気持ちはよくわかる。

でもそれだけでは試合には勝てないのだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

働いているのは「人間」である、ということを再認識するのはとても大事です。

BIツールなどの分析ツールも役に立つことは立つのですが、それを元に「人」を動かさなければなりません。

これは「数値」だけでは難しいのです。

頭の良い人達は数値で物事を語るのが有能さの証拠だと思っているようですが、それだけでは高い成果を継続的に上げることはできません。

データとアートをバランスよく活用していきましょう。