マネジメントとは言語理解力のことなんじゃないか?

UnsplashNando Garcíaが撮影した写真

話が通じる。相互理解ができる。思考を深められる。

何だか最近は同じようなことを書いている気がする。

今日もその亜種である。

タイトルの通り、マネジメントとは言語理解力なのではないか?

そんなことを考えている。

というのも、僕が他のマネージャーを判断する基準として、「話が通じるかどうか」ということに力点を置いていることに気づいたからである。

そしてこの「話が通じる」というのは、ただ「相互理解ができる」ということだけに留まらず、相手が潜在的に考えていることを言語化し、フィードバックを行う中で、その当人自身の「思考を深められる」、というところまで繋がっていく。

マネージャー相手に壁打ちをすることで、部下の頭が整理され、よりよい打ち手が行えるようになる、というか。

よくわからないかもしれないけれど、今日はそんなことを書いていく。

発話と受話

「コミュニケーション・スキル」という言葉はどこでも簡単によく使われる。

でも、結局のところ何を言っているのか(具体的に何を指しているのか)、よくわからない言葉でもある。

「情報共有や意思疎通をスムーズに行う為の技術」

間違ってはいない。

でも、僕の感覚では、コミュニケーション・スキルという言葉は、どちらかというと双方向性(発話と受話というやり取りを円滑に行う)という意味合いで使われることが多いように感じるのだ。

それよりも、「受け」の要素が強い(発話ではなく受話)方がマネジメントには重要なのではないか、というのが今日のテーマに繋がってくる。

要は、言語「理解」の方が重要な気がしている、ということである。

不定形な思想を言語化するサポートをするのがマネジメント

なので、「マネジメントとはコミュニケーション・スキルである」という定義(例えばタイトルにするなど)は僕の感覚とはちょっと異なる。

もちろん、双方向性は大事だ。

でも、相手の話の骨子を理解し、それが何なのか、本人も気づいていないようなイメージを言語に置き換える、それをまた相手に戻す、そのような繰り返しの方が重要であるように感じている。

これは想像して頂ければわかると思うのだけれど、自分の考えというのは思いのほか自分で上手に言語化できないものである。

それもまだ輪郭が定まっていないような思考であれば尚更のことだ。

でも、よほどの天才は別として、多くの人はこのような思考を言語化することで、自分が何を考えているのかを事後的に知り、そこに汎用性を持たせることができる(社会化)ようになる。

それがノウハウと呼ばれたりすることになる訳だ。

再現性、という言葉はあまり好きではないけれど、自分自身ですら、言語化できていなものを再現するのは難しいのである。

そのサポートをするのがマネジメント。

そう言ったら大袈裟だろうか?

対等ではなく、主体は部下

そういう意味では、相手(多くの場合は部下)が何を言いたいのか、その際どんな感情であるのか、ということを感知する能力はマネジメント業務に不可欠であるとも言える。

言語に含まれた微妙なニュアンスを感じ取る能力、というか。

そして、次の言葉を促す働きかけ、も同時に必要となる。

上記した「コミュニケーション・スキル」という言葉には、同じ地平に立って、対等にやり取りするというようなイメージが含まれている感覚が僕にはある。

それだって間違っている訳ではないけれど、あくまでも主体は相手(部下)である、というのがマネジメントにおける特徴であるような気がしている。

部下から出てきたある種の素材(原石)みたいなものをどのように加工するか?

そこに手腕が問われるのである。

アクションよりもリアクション

これを裏返せば、マネジメントが上手くいかない例が思いつく。

主体を自分(マネージャー)としてみる。

こちらからの働きかけによって、部下が変転していく。

育成という概念もこれに近いような気がする時がある。

アクションが先にあり、その後にリアクションがある、というか。

でも、最近僕が思うのは、リアクションの重要性である。

もう少し正確に言うなら、アクションの過大評価をやめる、ということになる。

先手は不要では?

マネジメントというと、何となくマネージャー側が「仕掛ける」というか、「導く」というか、「先導する」というか、「こちら発」のものをイメージしている人が多いような気がするのである。

そしてそれが効果的である、と思っている人が大半である。

でも、「本当にそうなのか?」というのが今日の話である。

僕はそのような「仕掛け」というのは、そこまで重要ではないのではないか、と最近考えている。

それよりも、何らかの偶然によって出てきたものを、スパンっ!と打つというか、それに応えることの方が大事なのではないか、と思うのだ。

そしてそれが出るまでは、待つことが求められるのではないか、と。

マネージャーに求められるのは瞬発力で、そのタイミングその瞬間にあるものをきっちりと捉えることその為には相手がまだ言語化できていないものを言語化する手助けをする能力(言語理解力)が必要なのではないか?

理解には何層にも亘るレイヤーがある。

それを1つでも深く進めたら、マネジメントという仕事はもう少し面白くなるし、効果的になるはずだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

後の先。

今回の文章を書いた後で浮かんできたのが、武術などで使われるこの言葉です。

先手は不要。

後手で十分。

そこでの瞬発力、爆発力、切れ味みたいなものが、マネジメントには必要です。

「受け」から始めていけるだけの実力を身に付けていきましょう。