コーチングという言葉への違和感
コーチングが気持ち悪い
マネージャーになって、「コーチング研修」なるものを受講された方も多くいらっしゃるかもしれない。
そして大多数の方はきっと「コーチングは良いものである」という認識をもたれたのだろうと思う。
部下に問いを投げかけ、気付きをもたらし、自発性を育てる。
良いこと尽くめのように見える。
でも、何となく僕には気持ちが悪いのである。
この「気持ちの悪さ」が何から来るのかを言語化してみようというのが今回の試みである。
参考になる方は少ないかもしれないけれど、読んで頂けたらありがたい。
それでは始めてみよう。
初めは良いと思ってやってみたけれど…
多くの人と同じように、コーチングなるものを初めて学んだ時、「これはいい!」と思ったものである。
こうやって部下と面談を重ねていけば、自発性がある前向きな部下を育成することができるのだ、と結構素直に受け入れて、実際にかなりの期間やってみた。
が、しかし、である。
何となくしっくりこないのだ。
それはひとえに僕のスキルが不足していることが原因なのだろうけれど、それだけではないのではないだろうか、と思ったのが今回の話に繋がってくる。
欧米か!
それは何か?
一言では言いづらいのだけれど、敢えて言うなら「洋風なのだ」ということである。
洋風?
そうなのだ。
問いを投げて、内省を促し、自発性を涵養する。
その考え方の方向性に対しては、僕は賛成である。
ただ、やってみて「気持ちが悪い」のは、この「問いを投げる」部分である。
それがどうも僕には「洋画の吹き替え」みたいに思えてしまうのである。
洋画の吹き替えみたいなセリフに正面から応える部下は存在するのか?
例えば、「あなたは5年後どうなっていたいですか?」であるとか、「理想の状態が100点だとして今は何点くらいですか?」であるとか、「もし目標が達成できたとしたら、そのような景色が広がっているでしょうか?」であるとか…。
普通の人は気にならないのかもしれないけれど、どうも僕にはしっくりこないのだ。
そして実際にこのような質問例を部下に投げてみた時にも、一様に「ぽかん」とされて話が進んでいかなかったのである。
繰り返すが、これは僕のスキルのなさが原因である。
でも、「本当にそうなのか?」とも思うのである。
この種の質問に、斜に構えず応える部下が本当に存在するのか、とも思うのである。
優秀なマネージャーならきっと
現在時点における僕の回答は、これは「できる社員向けのもの」である、ということだ。
もしくは、「できるようになる可能性があるが、現在は燻っている社員向けのもの」であると僕は思っている。
きっと優秀な企業に勤めるマネージャーであれば、このような質問から部下の自発性を引き出すことができるのだろう。
僕にはできない。
でも、考え方の方向性はわかるし、それを「できない社員」向けにアレンジできないか、というのがこの後の話となる。
ただ駄弁っているだけ
僕は1on1を毎週部下全員とやっている。
それは「コーチング」なのではないかと思われるかもしれないけれど、僕の感覚は大きく異なる。
少なくとも、何かを部下から引き出してやろう、みたいなことは全く考えていない。
ただ、だべっているだけ、である。
話が弾む部下もいれば、弾まない部下もいる。
話が弾む時もあれば、弾まない時もある。
でも、それでいいのではないか、と僕は思っている。
大事なことは、「適切なタイミングが来た時に、僕の言葉が部下に届くような状態にしておくこと」なのではないか?
その下地を作るのが1on1なのではないか?
そんな風に僕は今考えているのである。
洋画の主人公的問いかけは空気を冷やすだけ
多くの部下は、「なりたい自分」なんてものはないのだ。
仕事は生活費を得るための手段でしかなくて、そこにやりがいや生きがいなんてものを求めてはいないのだ。
ある種の惰性で仕事をしているだけ。
それがリアルな現実なのである。
そんな状態の人に、「こうなれたらステキだと思わない?」みたいな洋画の主人公的問いかけは冷めるだけである。
それよりも、「まあそういうこともあるよね」とか「確かにそういう考え方もあるよね」みたいなことを繰り返していく中で、マネージャーと部下双方の考え方や価値観(の違い)を知っておくことが大事なのだと僕は思っている。
ウブくね? ウブいだけじゃね?
会社へのエンゲージメントが低い日本社会において、仕事というのは「その程度」のものでしかなくて、そこでどうこうしようなんてのは、あまりにウブ過ぎるように僕には思えてしまう(実際に初任マネージャーの時の僕はこんな感じだった)。
でも一方で、そんな部下で構成されたチームでも、成果を上げるように持っていかなければならない。
これが難しいのである。
関係性が構築できれば十分
僕は1on1というのは、率直な物言いをしてもOKなのだ、ということを部下に知ってもらう場、というように捉えている。
もちろん会社なので、上司と部下という関係なので、オールOKではないし、そんなことは部下だってわかっている。
でも、「その辺のマネージャーよりは話せる奴である」ということを理解してもらうことはできるはずなのだ。
マネージャーの真意をきちんと真っすぐに受け止めてもらえるような関係性を構築すること。
それだけで対話というのは十分なのである。
カッコいい質問も、素晴らしい導きも不要なのだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
「個」が成り立っていれば、コーチングというのは意味を成すのだろうと僕は思っています。
でも、残念ながら、日本には個という概念が乏しい。
主張も反応もない。
そんな中で教科書的にコーチングをやってみてもあまり効果はありません。
それよりは身の丈に合ったやり方をした方が効果的です。
理想に囚われず、意味のあることをやっていきましょう。