成果が出せるマネージャーは希少だ

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需要はあるけれど、供給はない

世の中にはたくさんのマネジメント本がある。

それはマネジメントに対する需要が大きいからだ。

あなたの周囲にいるマネージャーも、一見何事もないかのように業務をこなしているように見えるかもしれないけれど、きっと自分のマネジメントに思い悩んだり、「本当にこれでいいのだろうか」なんてことを思っていたりするはずである。

営業、というのもそうであるけれど、社会人におけるスキル(ここにマネジメントも含まれる)というのは、勉強せずともどうにかなる、と思っている人は存外多い。

というか、それを体系的に学んだり、実践したりする場がそもそもほとんどないのである。

だからこそ本屋にはたくさんのマネジメント本(営業本もそうだ)が並んでいるのだろう。

僕もたくさんの本を手に取り、貪るように読んできた。

そこでわかったことは、成果が出せるマネージャーは希少である、ということだ。

今日はそんな話をする。

盆百のマネージャーたち

マネジメント、というのは動的な人やチームを相手にすることもあってか、どちらかというと曖昧な表現が採られることが多いような気がする。

人間行動の総体としてのマネジメント、それはある種抽象的なものであって、多面的に色々なことをやらなければならない、というようなアプローチを取ることが多いように感じている。

数々のマネジメント本を読んできて、かつ6年ほどマネージャーをやっている僕からすると、「それは間違ってはいないのだけれど、それではその他大勢のマネージャーと変わらなくなってしまうよ」と思ってしまうのだ。

成果を出せるマネージャーは少ない。

もっと言うと、成果の再現性を持っている人は本当に少ない。

それはなぜか?

チームを相手に仕事をする、ということが1つの要因であり、それをきちんと評価できる人がいない、というのがもう1つの要因だ。

チームを相手に仕事にすることによる因果関係の不透明性

1つ目の要因、「チームを相手に仕事をする」というのは、原因と結果、という因果関係がはっきりしない、見えづらい、ということを意味している。

何が要因として成果が出るのか(もしくは出ないのか)、ということが非常に分かりづらい、のがマネジメントの仕事である。

成果が出るまでにはある程度の時間が必要であるし、原因が直接的に結果に結びつくわけでもないし、それこそチームには複数のメンバーがいる訳で、そのパターンの連なりはそれこそ等比級数的に増えていく(そして当たり前の話であるが、どのマネージャーも同じ1つのチームを同期間に率いることはない)。

その因果関係の糸を解いて、「これが解法だ!」と言うのは非常に困難なことである。

運の要素が強い、のが現在のマネジメントの実態

だから、成果というのは偶然性に依存することになる。

例えば外部環境が良かったから、とか、良いメンバー(エース)がたまたまいたから、とか、そういう蓋然性によって成果が上がるというのが、現在のマネジメントの実態であると僕は思っている。

乱暴な言い方を許容してもらえるなら、運の要素が強い、そういうことになるだろう。

これはもう1つの要因にも繋がってくる。

運だけでのし上がった人達に再現性はない

チームの成果がマネジメントによるものなのか、運によるものなのかを見極めることができる人は殆どいない。

それはマネージャーを評価する層の人達が、たまたまの幸運によって上級マネージャーになっただけであるからである。

失礼な言い方になってしまうけれど、彼らが現在上級マネージャーの地位にいるのは、何もマネジメント力があるからではないのだ。

それ以外の要素の関係度合いの方が間違いなく強い。

それがマネジメント(マネージャー)を評価する際の困難性に繋がっている、と僕は考えている。

成果の再現性

マネージャーが優秀であるか(そうでないか)を判断する軸は、成果の再現性があるか、これしかない。

あらゆるマネジメント業務というのは、成果を出す為の装置に過ぎないからだ。

もちろん、成果というものの時間軸(どのくらいの期間での成果を求められているのか)は事前にはっきりさせておく必要があるし、短期間だけでの成果が必ずしもそのマネージャーの実力を表す訳でもない(過去からの遺産もあるだろう)。

ただ、少なくとも、どんな環境であれ、どんなチーム状況であれ、前年(過去)対比の成果が伸びている、それを実現できるマネージャーというのは優秀であるし、かつ希少であるのだ。

仮説・実証・繰り返し

プロスポーツの監督をイメージしてもらえば、この感覚がわかり易くなると思う。

チームの強さはそれぞれであるし、資金力も異なるし、オーナーの考え方も様々だ。

サポーターは色々な意見を述べるし、選手にも様々なタイプがいるし、毎年その状況も変わっていく。

そんな環境において、チームを転々としていても成果を出せる監督というのは稀である。

ただいなくはない

確実にいるのだ。

それはチームを見極める目を持っているからだし、何がそのチームに必要なのかがわかるからである。

それを身に付ける為には、「仮説→実証」ということをひたすら繰り返してみるしかないのだ。

漫然と仕事をしていても、成果を出せる(再現性のある)マネージャーにはなれない。

ただ、そうなれた時には、あなたは確実に希少種である、ということだ。

それではまた。

いい仕事をしましょう。


あとがき

成果主義とか実績連動主義とか、僕は当たり前だと思うのですが、そうじゃない人の方が圧倒的多数のようです。

そうやって僕たちは沈んでいくのでしょう。

相対的に貧困になっていくのでしょう。

別にカネだけが全てではないですが、この種の人は成果主義は拒むくせに、プライドばかりが高いから余計にたちが悪い、と僕は思っています。

僕は妄執的に成果に拘っていきます。

分かり合える日が来ることを願っています。