「お前の代わりはいくらでもいる」は誉め言葉

UnsplashLuca Bravoが撮影した写真

その他大勢と代替可能であることは良いことである

仕事を属人化すること。

これはマネージャーにとってNG事項である。

というか、社会人全般にとって非常に良くないことである。

ただ、こういう人は多い。

意識しているかどうかは別として、「その仕事は自分にしかできない」「だから自分は必要な人間なのだ」という方向に進む人はとても多いし、そういう人はそのようにすることで自尊感情を満たそうとしているのかもしれない。

また、ここには「お前の代わりなんていくらでもいるからな」という呪いの言葉へのカウンター的意味合いもあるのだろう。

「個性の尊重」

「個人の確立」

そのような言葉がありふれたものとなり、そうあることが良いことだというような風潮の中で、僕は「その他大勢と代替可能であることは良いことである」ということを今日は言いたいと思う。

なぜならそれはその人の仕事が仕組みとしてきちんと機能しているということを示すエビデンスとなり得るから。

もう結論は出てしまったような気もするけれど、取り敢えず始めていこう。

僕は不要

「あなたが突然明日異動になったら、困ることはありますか?」

そう問われたら、何と返すだろうか。

僕の場合はこうだ。

「いや。特に」

正直ベース、チームにとって僕はいてもいなくてもそんなに変わらない存在であると思っている。

これは謙遜でもなんでもなくて、実際に僕がチーム内で果たしている役割というのは殆どないのである。

もちろん、有事は別だ。

何か緊急事態が起きれば、それなりに出番は来る。

でも、それ以外の平時においては、僕の仕事はほとんどない。

ということは、明日から僕がいなくなっても、何の支障もない。

そういうことである。

今日のテーマに置き換えて言うなら、「僕の代わりはいくらでもいる」のである。

そして、それはマネジメントを仕事をする人間にとっては誉め言葉ですらあるのだ。

以下、もう少し詳しく書いていく。

個の力は大事。もちろん。

マネジメントにおいて大事なことは、できるだけ仕事に属人性の要素を残さないようにすることである。

これは「個の力を尊重しない」ということではない。

個の力がたとえ発揮されなくても、最低限の質が担保されるような仕組みを作っておく、ということである。

最低限の土台を作っておいて、その上で、各人毎の個性が発揮されたら更に強くなる、そんなイメージなのだ。

論理とアート

僕はサッカーというスポーツが好きなので、その考え方がベースにあるとも言えるかもしれない。

チームとしての最低限の規則みたいなものは作っておくし、そこにどの選手が入ったとしても機能するような仕組みではあるのだけれど、最後に得点を取れるかどうかというのは個性の要素が絶対に必要となる。

もう少しビジネス風に言うなら、論理とアートの組み合わせ、そういうことになるのかもしれない。

システマチックにすることを没個性化と揶揄する風潮があるような気がするけれど、それはちょっと違う。

ビジネスとはシステム構築に尽きる。

そこに感情や個性は必要ない。

「自分らしさ」なんてもの不要なのだ。

パーツとして、歯車として、きちんと機能するようにすること。

それは別に悪いことではない。

でも、それを放っておいて、「私らしさ」みたいなことを主張する人はとても多い。

そこにはきっと自尊感情というか、プライドというか、「私がいることが組織にとって意味があって欲しい」というある種人間らしい欲望があるのだろう。

「私がそこにいることを認めて欲しい」

「価値があることを理解して欲しい」

それは人間として当然の感情であるから。

個性の順番

でも、サッカーの例に戻るなら、まずは「止めて蹴る」ことをきちんと行えるようにする「チームの約束事」を守れるようにする、ということは非常に大事なことである。

それが出来た上で、「個性」というものは尊重され得る。

試合に出る為には、まずは試合に出るだけの体力や基礎的な技術、戦術の理解が必要となる。

いくらドリブル突破が得意でも、クロスが正確であっても、それだけでは試合には出られない。

「上手さ」と、「試合に出る」ことは必ずしも比例関係にはないのだ。

これはビジネスも同様である。

「私らしく仕事をしたい」

その気持ちはよくわかる。

でも、その為には、まずビジネスパーソンとしての基礎がきちんと確立されている必要がある。

それが集まった時、チームのベースができる。

その上に「個性」がある。

ただ、この順番を間違えて、「個性」をベースにチームを作ると、その人がいなくなると一気にバランスが崩れる、ということが起こり得る。

ましてや、そのチームがマネージャーという強い「個性」をベースに構築されたものであるとすると、明日から急にそのマネージャーがいなくなれば、そりゃ大きな問題となる。

カウンターとしての意味合いはわかるが…

繰り返すが、自己防衛策として仕事を属人化したいという気持ちはわからないではない。

それくらい会社というのは個人を尊重しないから。

でも、仕事を属人化しなくても、その人がいることでチームがワークするように思われることはできるし、マネージャーとしてはそうあるべきなのだと僕は思っている。

それではまた。

いい仕事をしましょう。

あとがき

優先順位。

物事には優先順位があります。

でも、それを理解している人は、それも体感としてわかっている人は、そんなに多くありません。

個の力。

それはもちろん大事。

でも、その個の力は試合において有用なのか、という観点は絶対的に必要だと僕は思っています。

テクいだけの選手は、試合で輝くことはできません。

ビジネスにおける個性の尊重もそのような観点が必要です。

チームにとっては、汗をかく選手、水を運べる選手、そのような選手が多い方が助かる場合が多いです。

それは戦術の実現可能性がある程度担保されるからです。

その上に、アートがある。

個の力が必要となる。

まずは試合に出られる強度を。

戦術を遂行できる汎用性と没個性化を。

個性を履き違えることなく、個性を発揮していきましょう。