扱いづらい部下の扱い方
得意でも、好きでもないが、慣れてはいる
「大変そうですねえ…」
そのように同僚のマネージャーに同情されることがよくある。
まあ確かに大変ではある。
当課にはたくさんの扱いづらい(とされている)部下がいるから。
ただ、9年以上もマネージャーをやってきて、それもその大半の期間をそのような扱いづらい部下と過ごしてきた僕からすれば、「まあ慣れたもの」でもある。
これはその種の部下を扱うのが得意であるとか、好きであるとか、そういうことを意味する訳ではない。
ただ単純に慣れているだけである。
でも、この「慣れ」はもしかしたら同じような仕事をしているマネージャーに何らかのヒントや示唆を与えられる(偉そうだが…)かもしれないとも感じたので、今日はそれを文章化してみようと思う。
それでは始めていこう。
扱いづらい部下のタイプは様々だ
同僚と上手くいかない。
性格に難がある。
仕事に身が入っていない。
「扱いづらい部下」のタイプは様々だ。
そして、その対処方法も一様とは言えない。
それでも、僕はそのような部下を扱うのに定評があると言われる(自覚はあまりない)。
その秘訣(という程でもないが)は何か?
僕は「逃げないこと」が結構大事だと考えている。
ただ、この「逃げない」というのも、どっしりと対峙する(どちらかというとVS構造的な)、ということではなく、適切な距離感を保つ、というニュアンスに近いものである。
付かず離れずよりはちょっと近いくらいの距離。
それを保つのがポイントである。
近すぎ or 遠すぎ
多くのマネージャーを見ていると、この距離感が近すぎたり、遠すぎたりするように僕には思える。
近すぎるというのは関わり過ぎるという意味で、その扱いづらい部下が問題行動を起こさないように見張っている、そんな関わり方をここでは意味する(ことにする)。
また、遠すぎるというのは関わらないようにするという意味で、火の粉が自分の身に降りかかってこないように遠ざかる、ことを意味する(ことにする)。
どちらも適切とは言えない。
ただ、後者よりは前者の方がまだマシとも言える。
しかしながら、近づくにあたっても、その人が問題児であることを前提として近づくのではなく、どのような行動基準や判断基準、価値観を持ってそのような問題行動を起こしているのかというのを知る為に近づく(できれば客観的に)、というイメージが大事である。
子供扱いしない
これは「子供扱いしない」とも言える。
問題行動を起こす部下を子供扱いするマネージャーは多い。
その気持ちは痛いほどよくわかる。
でも、そのような態度は確実に相手に伝わり、問題行動が是正されるどころか余計にヒートアップすることだってある。
だから、それをやめる。
と言っても、そんなに簡単にやめられるものでもない。
ただ、やめるという意識だけは絶対に持っておくべきだと僕は考えている。
ただ話をする
その上で、その人と定期的に対話する機会を作る。
正直言って、対話内容はどうでもいい。
というか、本当はどうでもよくはないのだけれど、大抵の場合どうにもならないことが多いので、内容を気にせず、まず対話を繰り返すということだけを守るようにする。
むしろ、行動を是正すべく説き伏せようとか、納得させようというような態度で臨まないように心掛けた方が良いように僕は考えている。
というのも、そんなもので行動が改善されるなら、話は非常に簡単だからである。
そうじゃないから、皆苦労している訳だ(もちろん、対話すらしていないマネージャーがごまんといるので、それを差し引いたとしての話であるけれど…)。
論理構造(アルゴリズム)を理解する
イメージとしては、「観察」である。
先程も書いたように、「あの行動はこのような考え方によって起こされたものだったのか」であるとか、「このようなイベントに対してそのように感じるのか」であるとか、その人の世界の中における事象と行動の因果関係みたいなものを知るべく話をする、という態度が望ましいように思う。
特に共感したり、納得したりする必要はない。
行動ロジックというか、アルゴリズムというか、その論理構造を理解することが大事なのである。
ただ、このように話をしていると(聞いていると)、「この人は私の言うことがわかっている」というような印象を部下に持ってもらえることになるから不思議である。
そして、このような状態が部下から逃げないことによって生まれる「適正な距離感」である。
猛獣使い
表現が難しいのだけれど、「扱いづらい部下」の行動が是正されることはなくても、マネージャーである自分と対話が行えるような関係性がキープできていれば、そこまで大きな問題になることはないし、それなりに成果だって上げることができる。
ただ、多くのマネージャーはそのような苦労(?)を経ようとしないので、それができないのではないか、と僕は考えている。
当たり前であるが、彼(彼女)らだって、大切にされたいと思っているのだ。
そこにきちんと向き合うこと。
簡単なことではないし、それなりに問題も起きるのだけれど、それでも「逃げない」こと。
それができれば、いつしか「猛獣使い」というあだ名があなたにも付いているはずだ。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
「そうなんですね。あなたはあの時そのように感じたんですね」
というような言葉は、何の共感も示していません。
ただ、事実を述べているだけ(相手の言葉をなぞっているだけ)です。
でも、このような言葉遣いをすると、「理解者」という立場を得られるようです。
非常に嫌らしい言い方をすると、これは苦情対応に似ていると言えるかもしれません。
言質を取られず、でも、それなりに話を進めなければならない局面。
そのような場面における言葉遣い。
それができると、扱いづらい部下も扱うことができるようになります。
適切な距離を取りながら、でも逃げずに、対峙していきましょう。