中指を立てながら
みんなに好かれようとするのをやめる
マネージャーの仕事が辛いと思っているなら、一度自分の価値観を疑った方がいい。
「みんなに好かれようとする」のはすぐにやめて、中指を立てるくらいの気持ちで仕事をしてみたらいい。
言い過ぎだろうか?
いや、少なくとも僕はそれでだいぶ楽になった。
それを今回は書いてみようと思う。
不満や非難は永遠になくならない
マネージャーは八方美人になりがちだ。
上司からも好かれたいし、メンバーからも好かれたい。
ましてやこのご時世だ。
ちょっとでも足を踏み外せば、セクハラだパワハラだのオンパレードだ。
だから、できるだけそつなく、地雷を踏まないように、「いい人」を演じようとする。
誰からも好感を持たれるように行動しようとする。
その心掛け自体は何にも悪くない。
むしろそうすべきですらある。
でもこれだけは心に留めておいた方が良い。
それは無駄な努力だ、と。
万人に好かれるのは不可能だし、どんなに素晴らしいマネジメントを行っていたとしても不満を持つものはいる。
不満や非難は永遠になくならない。
360度評価が端的にそれを証明してくれる。
いや、本当に。
繰り返し言う。
いや、本当に。
上司も部下も聞くに値する人はごく少数だ
僕はある時、これが馬鹿らしくなってしまった。
もちろん独りよがりではあることはわかっているのだけれど、これだけ自分を殺してチームの為に尽くしているのに、なぜこんなことを言われなければならないのか、と思ってしまった。
アホらしい、と。
同時に、上司というのもどうやら大してマネジメント能力はなさそうだ、ということに気付いてしまった。
偉そうなことを言ってはいるけれど、その人も「何となくのマネジメント」をしているだけで、学ぶべきところはないな、と思ってしまった。
汚い言葉を使うと、こんな奴に評価されても仕方ないな、と思ってしまった。
(マネジメントについて能書きを垂れている人が、全然マネジメントができていない、というのは、日本企業においては「あるあるの事象」だと思う。たぶん僕もその1人なのだろう)
Fワードを唱えながら
そこから僕はマネジメントのスタイルを変えた。
どうせメンバーには好かれないし、上司の意にも沿わないのだから、好きにやろう、と。
昇進したい訳でもないし、現状の給料にも満足しているし、そこに価値を求めるのはやめよう、と。
自分の満足できるやり方でマネジメントをやってみよう、と。
どうせろくな奴はいないし。
ホンモノなんていないし。
僕は1人悪態をついて、Fワードを心の中で唱えて、中指を立てた。
ペシミズムとニヒリズム
そこから世界は大きく変わることになった。
成果は出るし、気分も以前ほどは悪くないし、マネジメントの面白さも感じることができるようになった。
周りからは「スマートなマネージャー」だと称賛され、「尊敬できる上司」だと部下から慕われ、給料も上がった。
でも僕にはどうでもいいことだ。
皮肉なことだけれど、今の僕にははっきり言ってそんなことはどうでもいいことになってしまった。
お前らに評価されたくなどない、というように僕は思っている。
どうせ本質などわからないだろう? と嘲っている。
ペシミズムとニヒリズム。
それが僕の現在位置だ。
ニセモノだらけの中で
「自称スーパー・マネージャー」たちのことを冷ややかな目で見ながら、僕は今日もマネジメントを行っている。
そいつらの言っていることに対してそっぽを向いて舌を出しながら、心の中で中指を立てている。
そして、淡々と結果を出し続けている。
どいつもこいつもニセモノだらけだ。
口だけの偽善者だ。
本当に部下のことなんて考えていないし、彼らの言う成果というのは張りぼてに過ぎない。
でもそれは彼らの問題だ。
僕の問題ではない。
幸福とは相対的なものだ
マネージャー業に限ったことではないが、外部に価値観を置くとろくなことはない。
自分が満足できるかどうかに軸足を移した方がいい。
幸福とは相対的なもので、絶対的なものではない。
どんなに「絶対的」に高くても、周りの人間よりも「相対的」に低ければ、不幸に感じる。
「誰か」と比べるから、それは幸福とならないのだ。
もっともっともっと。
それをいつまで続けるのか?
部下を壊す巧拙のことをマネジメントと呼ぶのが当世流であるようだ
僕はそういうものから離れて、ただ毎日いい仕事をしようとしている。
いい仕事、なんてものが自己満足に過ぎないということも自覚しながら。
禅僧とか、俗世から解脱するとか、そこまでの境地にはなれないけれど、何というか、そういうものに対して興味がなくなってしまった。
そして(偉そうだけれど)自分のやり方に絶対的な自信を持ってしまった。
僕は周りの人の講釈にニコニコしながら、「オレの方がすごいけどな」と中指を立てている。
下唇を噛みしめて、Fの発音を試みようとしている。
そういう意味では、僕は子供のままだ。
それはそういう「自称スーパー・マネージャー」たちが部下を壊して、我が物顔で仕事をしているのには我慢がならないからだ。
それは彼らの問題であって、僕の問題ではない。
それは変わらない。
でもその部下を壊す巧拙のことを、僕はマネジメントだとは呼びたくない。
それは僕の問題だ。
ただ僕がそう思っているだけ。
彼らの問題ではない。
単なる声明だ。
I know. I know.
会社はユートピアではない。
労働は苦役だ。
それはわかっている。
それでも、僕は楽しみながら大きな成果を出すことは可能だ、と心から信じている。
僕はこれからも僕のやり方で成果を出していくつもりだ。
悪態を吐いて。
中指を立てて。
それではまた。
いい仕事をしましょう。
あとがき
自分の実力が足りないのに、それを部下の責任にしようとするマネージャーが僕は嫌いです。
そういう人に限って、「我こそはマネジメントのエキスパートでございます」みたいな顔をしているから余計にたちが悪い。
自分でマネージャーを経験するようになって、ハリボテの人がたくさんいることもよくわかるようになりましたし、彼らが言っていることが雰囲気でしかないことにも気付けるようになりました。
マネージャーの本分は、如何にして戦力的に限られた状況においても結果を出すチームを構築できるか、だと僕は思っています。
桶狭間の戦いや赤壁の戦いができるように、今日も(中指を立てながら)戦略を練っていきたいと思います。